「分かりました、また後ほど話を聞くことになるとは思いますが、よろしいですか?」
「ええ。ではそれまで彼の傍にいてもいいですか?」
「構いませんとも」
ぼんやりした頭に、誰かの声が響く。
どちらも聞き覚えの有る声だ。
ゆっくりと瞼を上げると、誰かの横顔が見える。身じろぎした俺に気づいたのか、すぐに視線が向けられた。
「…目が覚めた?」
「――みやの…?」
「ええ」
赤毛の主治医は珍しく笑みを見せ、優しく俺の額に乗ったタオルで汗を拭ってくれた。
「……どう、なったん、だ…?」
「私が来た時にはもう犯人は縛られてたわ。黒羽君が捕まえてくれたの」
「………くろ、ば?」
誰だ、それ?
聞こうとすると、宮野の隣に誰かが膝をついた。
俺と似た顔―――怪盗が、心底ほっとしたという少年のような顔で俺を見つめている。
「気分は? もう辛くない?」
「黒羽君、貴方、私を疑うの?」
「あ、いやそうじゃなくて」
からかった宮野におたおたと言い訳する怪盗に、いつもの雰囲気はなく。
唖然としていると、二人の後ろに目暮警部が立った。
そっとずれた二人の間に膝をつくと、俺を覗き込む。
「大丈夫かね、工藤君」
「……けいぶ………」
「無事でよかったよ。君に何かあったら、優作君に申し訳がたたんからね」
ここ一年近く、全く連絡を取っていなかったというのに、その不義理さなど欠片も気にしていない風情で警部は笑った。
その目尻に涙が浮かんでいると思ったのは気のせいか?
途端に罪悪感が沸いて、俺は視線を落とすことしか出来なくなって。
「…すみませ、ん…」
「いや構わんよ。君の事情は優作君や、この宮野さんからも聞いているからね。今はゆっくり休みなさい」
今までが君に頼りっぱなしだったんだから。年長者として、もっとしっかりせんとな。
そう笑って優しく頭を撫でると、警部は部下に指示を出すべく立ち上がった。
「では黒羽君、宮野さん。工藤君を頼んだよ」
「ええ、分かっています」
「任せておいてください♪」
返事をする二人を――正確には、『黒羽』と呼ばれた怪盗を見つめる。
視線に気づいたらしく、怪盗は素早く膝をつくと俺の耳に囁いた。
「黒羽快斗。俺の名前だから、覚えておいて」
「クロ、バカイト?」
チガウよめーたんてー、切る所チガウっ!!
いつものポーカーフェイスはどこへやら、情けない顔で叫ぶ怪盗の耳を宮野がひねりあげた。
ひねるあたりが宮野らしいが、ひねられた方はたまったものではないだろう。
「あいたたたたたたた!!!」
「もう少し静かになさい」
「分かったから姫、離してよう〜〜」
「……………」
「うぐあっ!!!! 済みません、もう姫って呼びませんっ!! だからひねり加えるのやめて〜〜〜〜!!!」
……漫才だ。
漸く解放された怪盗―クロバカイトが、涙を浮かべながら耳をさするのを、俺は呆然と見ていた。
何とか起きられるようになった俺にカフェオレ(最初ブラックを要求したが、宮野と黒羽に断固拒否された)を手渡しながら、二人は俺を挟んでソファに座った。
「俺今テスト期間だから時間あるし、今日のめーたんてーのご飯に力入れちゃおうと思ってさ。ドクターと博士呼んで、皆で食べる様にするとめーたんてーも喜ぶかなー?なんて。一応冷蔵庫の中のものでも十分作れたけど、でもスーパーの前通ったら枝豆安くってさ、思わず衝動買いしちゃったんだよー!! めーたんてー、塩茹枝豆嫌いじゃないよね? それに枝豆のプリンとかも挑戦してみたかったし、ソースも作れるでしょ? だから丁度良かったっていえば良かっ」
「本題からずれてるわ」
「それでドクターから鍵借りようとしたら、何か切羽詰った顔で迫られたもんだからさ。大急ぎで来たら、扉開いてるし男臭いし。いつもなら良い匂いなんだよ!? 微かに花と緑の香りがしてさあ、静かで、俺ここの玄関入るの大好きなんだよ!? なのになん」
「またずれたわよ」
「そしたら下品な声が聞こえるじゃん!! 俺すっごく吃驚してリビング入ったら、あのやろーがめーたんてーに馬乗りになっててさ!!! もー頭に血が上ったね、まぢで!!! てめー俺のめーたんてーに何しやがるっ!!!??って感じで、思わず手が出ちゃってさ? だからごめん、サイドボードの上の写真立て落として割っちゃった。明日きちんと代わりの買ってくるから、許してね? それにしてもめーたんてー、縛られる姿が色っぽいっていうか似合ってるってい」
「頭おかしいわよ」
「取りあえずあのやろーふんじばってドクター呼びに行こうとした時に警官が大挙して来てさ。殺人事件じゃないってのに警部さんまで来たのには吃驚したんだけど、最初俺のことめーたんてーと間違えかけて、慌てちゃった!! ドクターが説明してくれたからいいけど、あのまま誤解されてたら俺どうなっ」
「ずれたわよ」
「んで、気を失ってるめーたんてーはドクターに任せて、俺は犯人を警官に渡して警部さんたちに説明してたら、めーたんてーが目を覚ましたの。んで今に至る訳よ」
おーけい?
「…………」
正直、わからん。
とりあえずまともな返答が返ってくるかもしれないと尋ねてみた。
「――まとめるとどうなるんだ?」
「昼から訪ねてみた所、強盗が入ってると聞いて慌てて助けに入り、多少の被害はあったものの無事に捕まえることが出来たんだ、ってとこ?」
「なら最初からそう言え!!!!」
いくら命の恩人でも、俺が蹴り倒したのは仕方ないよなあ?