猫を拾った。
別段珍しい事じゃない。道に落ちてる財布を拾う、捨てられた子犬を拾う、よく在る事だ。
…………まあ、
その猫が人型をしていなければ、の話だが。
拾った最初はきちんと猫型だった(こう言うとどこぞの不気味な笑いをする青い達磨型ロボットを発想するが)。
黒くて小さい、俺の腕にすっぽりと包まれる猫。アメジストの瞳の、鳴き声が綺麗な子猫だったんだ。
本屋に行った帰り通った公園で、滑り台の下、雨に濡れてにぃにぃ鳴いてた。
カタカタ震える耳があんまりに憐れで、少しでも身体を暖めるように巻かれた尻尾が可哀想で、気づいたら俺は猫の前にしゃがみこんでいた。
そっと傘を差し掛けると俺を見上げて『みぁ』なんて鳴いて、でも直ぐに諦めるみたいに首を竦めて伏せちまった。
足元がぐずぐずに柔らかい事から分かる。
きっと何人もこいつに気付いたのだろう、そしてこいつの前に立ったのだろう。
でもそいつらはみんなこの子猫の前から立ち去ったんだ。
それを知っているから、こいつは今度もそうだと思ったに違いない。
前足をじっと見詰めるように俯いて、耳をぺたりと伏せて、震え続ける。
「にゃ〜…」
『行けよ……』
そう言われた気がした。
どうせお前も拾わないのだろうから、もう構わないでくれと。
俺は立ちあがった。
手には新書。待ちに待っただけに濡らしたくないし早く読みたい。それに薄着で家を出てきたせいで、濡れた肩が気持ち悪いし。
俺は足早にそこを立ち去った。
猫はもう鳴かなかった。
……拾ったんじゃないのか、って?
せっかちだな、話を聞けよ。
勿論拾ったさ。
即行家に帰って本置いて着替えてタオルと財布といざと言う為の親父のカード持って公園に走ったさ。
猫は相変わらず滑り台の下に大人しく伏せてて、でも俺が前に立ったら吃驚したって面で見上げてきた。
『何で!?』って面。鳴きそうで鳴かない、人で言うところの何も言えない状態って奴。
「黙れよ、猫」
思わず口に出した。
「勝手に決めつけて諦めてんじゃねぇよ、どうせなら拾ってくださいって媚び売ってみやがれ! 変なトコで人間みたいな事しやがって!!」
乱暴に猫を掴み上げて、タオルでぐるぐるに包んでわしわし拭いて、俺は紫色のビー玉みたいな目をじっと見詰めて言った。
「拾ってやるから感謝しろよ?」
それで、そのまま家に直行――はしなかった。
何処って? 決まってんだろ、病院だよ、獣医!
変な病気とか持ってたりしたら大変だし、そうでなくともワクチンとかは打っておくべきだろ?
親父のカードを持ち出したのはそのせい。だって動物にゃ保険効かないからな。
病院で判明したのは、この猫が生後3週間くらいのオスで、病気とか怪我は一切ないってこと。
必要な予防接種とか在る程度してもらったら金とんだけど、まあ必要経費だし親父のカードだし。
拾ったんだと言ったら「里親を探しましょうか」なんて優しく聞かれた。丁重に御断りしたけどな。
こいつは俺が飼うんでって言ったら、獣医も看護婦も優しい顔になって、「良かったな」なんて猫の頭を撫でてた。
まあ、ペット業界の現状知ってる立場から言えば、俺みたいな奴って少ないのかも知れない。
良かったな、猫? 幸い俺の家には他に動物いないし、狭くも無い。お得物件に拾われたんだぜ?
病院の後も、俺はまだ家に帰らなかった。
タオルごと猫を服の腹んとこに抱えてホームセンターに向かっただけなんだけどな。
猫ベッドと手ごろなクッションと、子猫用キャットフードと爪砥ぎ板とバスケット。ブラシに首輪に餌の皿。
あと何か必要だったかな、何て考えながらねこじゃらし。前に立ったらじっと物欲しそうに見上げてきたので、鳩のぬいぐるみ。
レジに持って行ったら、レジのおばさんが目を丸くして俺の懐の猫を見ていた。
その後はきちんと家に帰ったぞ、大荷物で大変だったけど。
風呂入るついでに猫も洗っちまおうと思って放りこんだら、『にぎゃあ!』とか悲鳴を上げたので爆笑したけど。
猫って水嫌いだったっけ。ま、でも汚れてるし。
在る程度温めにして、洗面器の中で濯いでやるとまあ一気に汚れが落ちる。
そういやタオルも泥だらけだったもんな、と石鹸擦り付けてわしわし洗って、さっぱりしたところで俺も身体を洗う。
その間猫はじっと俺を見詰めてた。
笑いかけると首をかしげて顔を洗い出したけどな。明日雨か?
一人と一匹でほこほこになってリビングに落ちつく。
ドライヤーで乾かしてやると、広げてやった猫ベッドやらクッションやらぬいぐるみに一頻りまとわりついて、最後に俺の足元にちょこんと座った。
「にゅう?」
『いいのか?』
きょろんと首を傾げて見上げる猫に、そんな風に尋ねられた気がした。
勿論俺は笑ってやった。ここまでされて、それでも外がいいなんて言ったら即行蹴り出す気ではいたけどな。
「お前の名前決めないとな」
「にゃ」
「かいとってのは?」
「に」
「かいと。何となく響きだけだけど」
「にゃう」
きらりと猫の目が輝いた。
よし、きーめた。
「お前は今日からかいと。俺ん家の猫だ、いいな?」
「にあ!」
そこで初めて、猫―かいとは俺の膝に飛び乗った。
ごろごろ喉を鳴らしながら俺の腹に頭を摩り付けて、じっと俺を見上げて、
「にゃあv」
『よろしくなv』
と言った――気がした。