人間に拾われた。
拾われるつもりは全く無かったんだけど。
…………まあ、
美人だし都合もいいから、いっか。
俺の名前はかいと。
実は本当の名前ではないんだけど、あいつが付けてくれた名前だし、気に入ってるからこの名前を名乗っておこう。
そんなことはどうでもいい、今の俺はただの飼い猫だし。
飼い主はクドウシンイチっていう人間の男。探偵をやってるすっげぇ美人。
美人って言い方が男に向けるもんじゃないのは俺も知ってるけど、でもそれ以外に何て言えば良いんだ?
綺麗な青い目、空より鮮やかに光る時もあれば、夜みたく深く落ちつく時もある。宿るのは月みたいな輝きで、でも俺を見る時は木漏れ日みたいにぬくぬくしてて。
肌は真っ白。他の人間とは全然違う、雪みたいな白。身体も細くて、俺よりしなやかに見える。
声もいろいろ。鋭かったり甘かったり、俺を呼ぶ時ははきはきしてて、でも凄く親しげな優しい声。
「かいとー、飯だぞー? かーいーとー」
お、噂をすれば。
関わってた事件が終わったってんで、昨日はぐったり寝たまんまだったけど、今日は復活したみたいだ。
急いで走って行くと、宝石みたいな目をふっと和ませて、俺の餌皿に餌を入れてくれた。
おっ? 昨日までのと違う。280円の缶詰じゃないな? 匂いからして美味そう。
『シンイチ、これどうしたの?』
「解決祝いに買ってきたんだ、480円のだぞ? 見てくれからして美味そうだな」
『全くだぜ! ん〜、お肉の良い匂い〜v』
「喉ならしてんじゃねえよ」
わしわし俺の頭を撫でて、食えよと言われたので、勢い込んでがっつく。おお、美味いっ!!
俺魚はちょっと苦手なんだよな。だからいつも犬用の缶詰だったりする。おかげで隣のお姉さんに最初、犬を飼ったのかと誤解されたらしい。
おかしいわね、なんて言われたけど、じゃあおねーさん魚に食われかけて見る? 池の鯉って実はでかいんだぜ? 咀嚼する力は十円玉をへし曲げる位あるんだ。そんなのに襲いかかられてみなよ、誰だって怖くなるさ。
がつがつ食ってるとくすくす笑う声が上から降ってきた。
見上げると、トーストにバターを塗っただけのそれを銜えながら、シンイチが俺を見て笑ってる。
「すっげー勢い…」
『だって美味いんだぜ! シンイチも食ってみりゃいいんだよ』
ちょいと皿を鼻で押すと、慌てて手を振られた。
「俺はいらねーよ、お前のなんだから」
ま、当然の反応だな。
なんたって犬用だし、俺が口付けちゃったし。
でもシンイチが俺みたいにがつがつ食ってる様って見た事ないんだよな。事件の間も俺の食事はきちんと用意するくせに、自分は全く食べなかったりして。不健康極まりないったら。隣のおねーさんの小言煩いなんていえないぜ?
皿を綺麗に舐め上げてごちそーさま。
素早くテーブルに乗ると、シンイチがまた頭をわしわし撫でてくれた。
「美味かったか?」
『うん! ……でもシンイチ、俺はいいからもっと食えよ』
飛びあがったテーブルには片目の目玉焼きと小さなサラダと苦いコーヒーだけ。幾ら何でも少ないぜ? 只でさえ細い身体、もっと細くなるなんて駄目だと思うんだけど。
見詰める俺の視線を誤解したのか、食うか?なんてトースト千切って。いらないからもっと食えってば。
「ん」
俺が食わないからと千切ったトーストを口に放りこんだシンイチが、庭を見て、あれ、と声をあげた。
それを視線で追って、そこに姿を見せた白い猫と焦げ茶の猫に俺は目を剥いた。
あいつら、この間来るなって散々殴り倒したのに!!
ぎっと睨みつけて飛び出そうとした俺の首根っこを、シンイチが素早く掴んだせいで、俺の身体が宙に浮かんだ。
『何すんだよ!!』
「ちょっと遊びに来てるだけじゃないか、居させてやってもいいだろ?」
違う違う違う!!!! シンイチ何も分かってないっ!!!!
『離せよっ!!!』
「おいおい、暴れるなって」
しっかりと俺を抱きかかえたまま、シンイチはリビングを突っ切って庭に面した窓の前に立つ。
「へー、何処かの飼い猫かな? 綺麗な猫だぜ。御友達になれるんじゃねーの?」
白い猫を見て言ってるらしい。尚も暴れる俺をなだめるみたいにがっちり捕まえてる。
白猫の方もシンイチをじっと見つめている。焦げ茶の猫も同じように見てて――――って!!!
『はあああなああああせえええええええええ!!!!!!!!』
「うっ、うわ! おい、かいと!!?」
これ以上あいつらにシンイチを見られて堪るかってんだ!!!!
俺は思いきり海老反りして反動をつけ、腕を飛び出した。そのまま窓から飛び出して一目散に二匹の猫に向かって走り出す。
慌てて身を翻した二匹にすぐさま追い付くと、まず白い方に向けて力一杯ねこぱんち!!!
走っていた勢いそのままに、白猫が路地に転がる。
『うわぁっ!!!』
『探!!』
白い猫が転がった為か、焦げ茶の猫が振りかえって止まったのを見て、俺は更にダッシュした。勢いに任せて首根っこに噛み付き押し倒し、そのままマウンティングの姿勢になる。
『平次君っ』
『いたたたたたたっ! 痛いがな!!!』
慌てて駆け寄ってくる白い猫――探を一睨みで止まらせ、俺は更に焦げ茶の猫――平次を噛む力を強めた。
『あだだだだだ!!!!!』
『やっ、やめなさいっ!! 貴方の力では噛み千切り兼ねないんですよ!?』
『うるへぇ!!!』
取り敢えず牙は抜くけど、平次を踏みつけたまま俺はじっと探を睨み据える。
『俺言ったよなあ…? …今度来たら容赦無いぞってよ?』
『…っ、そうは言ってもですね…!!』
『戴冠式も迫っとるのに、次代の王がおらんでどないすんねんっ!!』
足の下でもがく背中に爪を立てて黙らせ、不敵に笑うと、探が琥珀色の瞳を吊り上げた。
『当代様のご命令で貴方を連れに来ているんですよ!?』
『親父が?』
眉を寄せたその時。
「かいとー?」
差した影に顔を上げれば、シンイチが小さなケーキを持って路地を覗きこんで居るところだった。
ケーキは俺の好物だから、それで釣って抑えようとしたんだろうなあ。
そこではっとする。
やべえ、俺平次のこと踏みつけたまんまだ!!!
俺が慌てて足をどけるのと、シンイチの眦がキッと上がるのは同時だった。
「何してるんだ、かいと!!」
ケーキを乗せた皿を素早く置き、シンイチが慌てて平次に駆け寄った。
逃げようとする平次を押さえるとそっと抱き上げて、背中の傷に優しく触れる。白い指に赤い血がついたんが見えた。
『うわっ、シンイチ!! 平次の血なんてつけちゃ駄目だよ!! ばい菌ついたらどうすんのさ!!』
『失礼な事いいなやっ!!!』
「やめないかっ!! お前ちょっと我慢してくれな? 今手当てするから」
『え、あ?』
『御言葉に甘えさせて頂きなさい、平次君。申し訳ありません、彼をお願いします』
「白いの、お前も来るか?」
その胸に平次を抱いたまま、シンイチが家に向かって歩き出す。当然のように従う探の隣に並ぶと、シンイチは鋭く俺を睨みつけた。
「今日おやつ抜きだからな!」
えー、そりゃないよ……。