やはり猫は猫同士がいいらしい。
声高らかに鳴き合う姿をみれば、随分と仲がよさそうで。
…………でも、
夜までこれだと、うるさすぎるな。
「………さあ、お出しください」
「何を?」
正面にどっしりと腰を据えて睨みつけた探に、俺は煽るように白々しく耳を掻いた。
「大体何事です! 継承の儀は次の満月なんですよ? あと二日もない!!」
「だーから言ってるだろー? 俺は跡なんて継がないし、あの世界にじっとしてる気もないって」
「キッド様!!!」
はらはらとクッションの上に身を横たえた平次が首をすくめた。それほどの大声だったけれど、俺はしらんぷり。
「ざーんねん、俺はキッドなんて名前じゃねえの。俺はかいとってんだよ」
「それはあの人間が勝手につけた名前でしょう!! いい加減になさいませ!!」
『こーら! もういい時間なんだから、少し静かにしろよ〜?』
ことことと俺達の前にミルクと餌(普通の猫用ドライフードと、俺用の缶詰)を置き、シンイチが俺の頭を撫でた。
細い指に撫でられるのが気持ち良くて、ついゴロゴロと喉を鳴らしてしまったら、探が噛み付きそうな視線をシンイチの手に送っていた。
「嘆かわしい!! 猫の国の王子ともあろう方が、人間に誑かされるなんて……!」
「ま、まあまあ、そう言ったるなや。良い人間やないか? 俺の事真剣に心配してくれたし」
「平次!! 騎士としての自覚があるのですか!?」
「まあまあv 平次が俺に勝てるはずもないし?」
「言うたな、コラァ!!」
『こらこらこら!!』
にぎゃにぎゃと騒いだのがいけなかったのか、三人そろってシンイチのでこピンを食らった。
『全く……何で仲良く出来ないんだ?』
「ご免ねー? でもシンイチが悪いんだよ? こいつら中に入れるから〜」
「貴方が早々に帰っていらっしゃればいいんです!! 責任転化はおよしなさい!!」
「うぜぇ」
「キッド様!!! ………それともキッドお坊ちゃまとでもキッド皇子とでもお呼びいたしましょうか、王位継承権第一位保持者のキッド皇太子様!!!」
「てめぇっ!!!! 俺がそう呼ばれるの嫌いなの知ってるだろーがっ!!!!!!!」
『静かにしろって!!!』
今度は平手が来た。ぺしぺしと頭を叩かれて、俺と探は一緒にシンイチを見上げる。
「だぁってシンイチぃ!!」
「貴方は黙っていてください!!」
『そんなに不満げな顔しても駄目!! もう遅いんだから、それ以上鳴いたらご飯全部没収だぞ!?』
う、それは辛い。
黙って食べ始めた俺に、シンイチの溜息が降り掛かった。
『ほら、お前も食べちゃえよ。宮野のところで緊張しただろうし、鳴いて腹も減ったろ?』
「…………頂きます」
頗る不満といった態度で、でも探も餌に口をつけた。
「なあ、別嬪な兄ちゃん。傷が痛ぅてたまらんのやわ、食わせたって」
「そこぉ!!」
不埒な発言をする平次に鋭い視線を向けると、にやりとした笑みが返って来た。
首を捻じ曲げて背中の包帯に眼をやり、シンイチを誘う様に鳴くと、ざりざりと舐める仕草をする。
「あ〜あ〜、傷が痛ぅて痛ぅてたまらんわあ〜」
『あっ、こら! 舐めちゃ駄目だぞ?』
案の定、優しいシンイチは平次の隣に座って、そっと背中を撫で始めた。
「あ〜そこそこ! 気持ちええわあ…」
「……っ!!!!!」
「………………………………」
俺と探の視線を受けても、平次はのんびりと伸びをして、シンイチの手に目を細めている。
あんのやろぉ…………後で覚えてろ…!!!
気付いたらもう夕方だった。シンイチと一緒にごろごろするはずだった昼は、あいつらのせいで全部つぶれた…。
シンイチが夕飯の買い物に行くとかで、俺もお付き合い。平次は怪我してるし、探は付いて来たがったけど、シンイチの「あいつについててやれよ」の一言にしぶしぶと引き下がった。
シンイチの横の猫道路を歩きながら、俺はここぞとばかりに愚痴を吐く。
「まぁーったくさあー!? 何でシンイチはあいつらに優しくすんのさー!!」
『お前、何が不満なんだよ。お前が怪我させたのが原因なんだぞ? 分かってるのか?』
「はいはい分かってますー!! でもねえ、あいつ等誘い入れなかったら平穏無事に、俺は自由な猫で居られたんだぜ? シンイチの飼い猫で居られるんだぜ!?」
まさか俺と別れたいなんて言わないよな、俺はやだからな!!
時間が無いから、下手したら数匹がかりで連れ戻されかねない。これは一度戻った方が得策かなあ…。
…………でも、戴冠式に必要な物を、俺は隠してる。
親父にかかると直ぐにみつけられちゃうだろうけど、探や平次くらいなら絶対に見つけられない。
アレをどうにかすれば、俺は王なんてならずに済むんだけど……。
『反省してるか?』
「ん〜……」
シンイチの声にも生返事で、俺が脳みそフル回転で考え始めた時。
『新一くーん!!』
不意にけたたましい呼び声がして、俺とシンイチが足を止める。
『園子じゃねーか、どうしたんだ?』
やってきたのは、シンイチの高校のアルバムで一度見た事ある女。
『あ、これが例の飼い猫君か〜』
『ああ、かいとってんだ』
『知ってる〜、蘭から聞いたよ。へえ、本当に綺麗な目してるんだあ』
わしわしと頭を撫でられた。この女香水きつい…。
触られたくなくて、シンイチの後ろに逃げた俺の目に、ふと映った銀色。
左手の、薬指に……指輪!!
瞬間で、俺の脳みそにぴーん!ときた!!
「シンイチ!! シンイチ、良いこと思いついたよ!!!」
『ん? どうした、かいと?』
『あ〜、ご主人様とのデート邪魔したから怒ってるんだ? ごめんね、猫くん』
それじゃ、と、二人が軽く挨拶して別れる。
ご機嫌でシンイチの肩に飛び乗り、俺は思いついた事の素晴らしさにごろごろと喉を鳴らした。
『どうしたんだよ、あの二匹にかまけてたからいじけてたのか?』
「へへ、シンイチとずっと一緒に居られる方法を思いついただけだよv」
作戦はしっかり出来た。
あとは、連中に感づかれないうちに実行あるのみ。
優しく微笑むシンイチに喉を撫でられながら、俺はにんまりとほくそえんだ。