キミと僕と二匹の猫






 後悔はしていない。

 俺はあいつが好きだし、あいつの傍にいたい。
 …………だから、

 俺が取った道を譲る気はない――例え、一族全てを敵としても。


 俺が求めるのは一つだから。

 国を抜け出した俺は、まだひよっこだった。
 人の年齢でいうなら17、8.寿命千年を誇る一族からしちゃまだまだ赤ん坊だ。
 でも俺は赤ん坊……子供であることを拒否された。

 次代の王。

 その言葉が俺にのしかかっていたから。
 生まれて10年ほどはそれなりに子供として扱われる。でも15を数えたら、その後はみっちりと帝王学やら何やらと仕込まれ、100歳位で前王の補佐として、臣下として仕える事になるのだ。
 王位を継承するのは元老院に認められてから。それも大抵は500を数えるようになってから。
 正直俺達であってもこの時間は長い。


 俺は一つの事しか求めない。

 自由?
 違う。

 そんな不確かで不自由なものはどうでもいい。

 俺が欲しいのは―――――







 ずらりと並ぶ、月の瞳。

 公園一杯に並ぶ猫の中心に、三人の人間が立っていた。
 否、人間とは何処か違う。
 三人とも色や形は違えど、頭頂部に大きな三角の耳と、臀部からにょろりとうなぎの様な尻尾が生えている。
 三人は睨み合う様に対面していた。

「―――どういうつもりですか」

 柔らかな茶色の髪から、真っ白な耳を生やした青年が口を開く。

「貴方がなさった事がどれほどの事か、分かっておられるのでしょう?」
「…………」
「議会も通さず、全国民の期待も未来も投げ捨てて、どういうおつもりかと聞いているのですよ!!」
「幾ら王に自由にしてええ、て言われても、此れは許される事とちゃうで」

 ざっくりとした黒髪から生えた焦げ茶の耳をはためかせ、色黒の青年も口を挟む。

「過去の文献に無い訳やないけどな。それでも人への継承が禁じられとるんは、お前も分かっとるやろ」
「指輪の効果を知った人族は、最初は殊勝なものです。しかし歳を経るごと、時を経るごとにそれは失われていく」
「お前があの人間を気に入った理由は聞かんでも分かる。せやけどそれが例外になるいう保証はないんや」

 矢継ぎ早に言われる言葉を、聞きたくないと言いたげに、黒い耳を伏せ。
 黒髪に不敵な面の、紫の瞳の青年――新一がここにいたら驚きに声を上げただろう、彼と共に走ったあの青年だ――は、大げさに肩を竦めて見せた。

「そんな青臭い事を言うつもり、ないぜ」
「……でしょうね。貴方はそんな甘い事を言い訳にする人ではありませんから」

 睨みつける二人に、青年は三日月のように口を歪め、嘲笑を漏らした。


「俺には国なんざ関係ない。俺があいつといたいから、それに手っ取り早い方法を取っただけだ」




 鍵穴に鍵を差込み、くるりと回す。
 お馴染みの錠の音がしてドアが開き―――だが、俺は中に入る事が出来なかった。
 暗闇の中に浮かび上がる、一対の瞳。

「にゃあ」

 聞こえた声は、最近うちにいたどの猫の声でもなかった。
 別の猫が入ってきたのかもしれない、そう思おうとして、しかし何故か意識の隅っこで、この猫は俺に会いに来たのだと確信していた。

 まるで招くように、暗闇の中をリビングへと歩く音が聞こえる。
 飛び上がってがちゃりとドアを開け、押し開けて入っていくのが気配だけで分かった。
 次の瞬間。

 リビングの電気がひとりでについた。

「!?」

 猫がつけられる訳が無い。





 飛び掛った色黒の青年を押さえ込み、その首筋に油断無く刃を当てて、男は笑みを崩そうとしない。

「相変わらず忠臣だなあ? でも今までお前、俺に勝てた事ないだろ、平次?」
「やっかましいわ!!」

 吼えて、しかし刃の鋭さを知るが故に身動きもとれず、平次と呼ばれた青年は肩越しに睨み上げた。
 白耳の青年はその様を目を細めて見、髪をばさりとかきあげた。

「貴方の心積もりは分かりました。それに対してある程度の罰則が生じるのも、勿論覚悟の上なのでしょう?」
「ああ。でも誰に非難されても反省も更生もする気はないし、何よりあいつに手ぇ出したら、誰が相手でも殺すぜ?」
「貴方に非難も何も聞かないのは皆承知していますが、彼の無事に関しては保証しかねます」

 一瞬で張り詰めた空気に、猫たちが波のようにさざめいた。





 ゆっくりとリビングに進む。ドアの前まで来て、映った人影に携帯を取り出した。
 いざとなったら警部に電話を―――。

「まあ、警戒するなと申しても出来かねるでしょうが、どうかお入りください」

 俺の動きを分かっているようなタイミングだった。

「それに、刑事さんを呼んでも、彼らが着く事には私はいなくなっているでしょうから、無駄足を踏ませるのも申し訳ないですよ」

 声だけを聞くならば、酷く優しく落ち着いた男性の声だった。
 しかしそこから感じるのは率いるものの威厳だ。命じ、それに従わせるだけの張りを持つ声。

「お前は、誰だ?何の目的でここにいる」
「このまま話す方がよろしいですか? 顔を見なくても?」
「それが危険だと判断したからこうしているんだ」
「なるほど。しかしそれでは逃げられませんよ。周りを御覧なさい」

 小さな子供を諭すような口ぶりに腹が立ちはしたが、それでも視線を素早く辺りに――――。

「っ!?」

 口から心臓が飛び出るかと思った。
 屋敷の暗がりから、ゆっくりと進み来る数多の瞳。

 ――――猫だ。

「事態が事態。しかし不本意ながら与えられた事態に、無闇に牙を剥くなどという事はありません」
「…………態度が態度なら、それもありうるって言いたいのか」
「余程の場合に寄っては、です。…………まだそこで話されますか?」

 冗談じゃない。
 普段でも、これだけの猫の集団なんて見た事無いのに、菅沼の一件を見た俺としては体の震えを抑えるのに精一杯。この場で留まるのは精神的にも不利だ。
 それくらいならば、まだこの声の持ち主を見てやった方がいい。
 俺はゆっくりとリビングのドアを開け、中に踏みこんだ。
 中年代の男が、ソファに座っていた。
 闇に映える純白のスーツ。ひげを蓄えた口元は嫌味ない笑みを浮かべている。
 不法侵入をするような人物には見えないが…。

 訝しげに睨む俺に、彼はどこかで見た紫の瞳を細め、とんでもない事を言いやがった。

「初めまして、工藤新一探偵。そして初めまして、我等が新王・シンイチ様」