キミと僕と二匹の猫






 何が起こるとか、何が起こったとか。

 そんな事はさておいて。
 怒涛の波乱劇は最終章に移行した。

 それは始まり同様の唐突さで。





 ソファに沈んでいた猫の王子――ややこしいので、かいとと呼んでおこう――が、トウイチさんと俺の間に立ちはだかった。

「…………何のつもりだい?」

 優しく問うトウイチさんの声は、底に氷の刃を隠しているようだ。
 かいともまた、俺の前に立ちはだかったまま、恐ろしいほどの冷気をもってトウイチさんを見ているようだ。

「…決定は、どう足掻いても覆らないのか?」
「律法は律法でしょう?」
「過去に成功例があるとしても、駄目なのか?」
「君の行動は勝手過ぎました。それさえなければ或いは許されたのかも知れませんね」

 交わされる会話は酷く寒々としたものだった。
 何よりも俺を囲んだ数百に及ぼうという猫の群が、じっと二人を、そして俺を見ている事、それが恐ろしくて堪らなかった。
 彼等は菅原の時は俺を護ってくれたけれど、今はその爪も牙も俺を引き裂く為に剥こうとしているのだから。

 呼吸すら、恐ろしい。

 思わず俺は前に立つかいとのシャツを掴んだ。
 猫達の視線だけで、俺は殺されてしまうのでは無いか。
 ただその事だけが恐ろしくて、その最もたる者の視線からただ一つ、俺を護ってくれる温もりを求めて。

「ッ」

 手が外され、そっと握られる。
 手を繋がれたのだと気付き、その光景に正直焦るが、しかしかいとの手の温もりは、意識もしていなかった震えすらもゆっくりと溶かしてくれた。
 少し上にある顔を見上げれば、紫水晶のような瞳に酷く情けない顔をした俺が映っていた。
 きゅうと握られた手。
 与えられた笑顔が、俺の心をじんわりと和らげる。

 ああ、大丈夫だ。

 その気持ちだけが俺を包んでいて、だからこそ、俺はその瞬間を全くと言って良い程無防備になっていて。





 唇に触れた温もりと、優しい紫の輝きだけが、俺の中にすとんと落ちた。





 ちゅ、と音がする。
 温もりは離れてはまたくっついて、ちゅ、ちゅ、と何度も音を立てる。

 …………?

 紫は瞼の向こうに隠された。
 ぬめりとざりざりしたものが、俺の唇をこじ開けて俺の舌に絡んでくる。

 …………??

 ざらり、ぬるりと触れ合う舌。
 口内ってのは案外敏感だったりする。
 俺だって職業はアレだが肉体は一般人な訳で。

「ん、」

 其れが意図する動きに、

「んぐ―――は、あ――――!!!??」

 唖然呆然とは正にこの事か。
 その間に、そう俺がショックで言葉どころか呼吸すら忘れたその間に、かいとは事もあろうにとんでもない事を口にした。

「じゃあ俺が責任とって、新一と結婚する。そんで見張ってる。それじゃあ駄目?」



「………は?」



「何言うてんねん、おどれはぁッ!!」
「正気ですか、キッド様ッ!!」

 真っ先に反応したのは俺じゃなくて、息せき切ってドアを叩き開けて入ってきた二人の人物だった。
 片方は随分とブルジョアな風情の優男、片方は体育会系の色黒男。
 一見すれば普通の、何処にでもいそうな連中ではあるが、その頭部についた三角一対のモノを見れば、そしてこの場に怒鳴り込んで来た様子を見れば、おのずと答えは出てくる訳で。

「新一にはこいつらだって世話になったんだぜ? 世継ぎ三人揃って、新一に助けられてるんだ。そんな恩人を、俺の自己満足の為に死なせるなんて冗談じゃない」
「だ、だがねぇ」
「それに俺と結婚しちゃえば新一は身内って事にも出来るし、傍で見張っていられるし、力尽きる時に直ぐ王冠の回収も出来る。何より、新一は他のどの人間よりも信用に足る人間だよ。この数ヶ月見続けた俺が言うんだから、親父もそれは納得出来るよな」
「確かにそれは納得するが、」
「そーれーに! これが一番の理由だけど、歴史の勉強してる時、一度だけ今回と同じ事例を見たぜ? これはサグルとヘイジも見たし、親父だって知ってるはずだ。違うか?」

 それは初耳っつーか知らないのは当然なんだが!?
 今素晴らしく不穏な事を言わなかったか!?

 『け』で始まり『ん』で終わる、人生の墓場と言われる行為。
 しかも。

「しかし、彼は男性ですよ?」
「いいじゃん、美人だし」
「まあ認めますが、本気なんですか?」
「元老院が認めりゃ完璧。認めさせるけど」
「ほほう、それほどの自信があると?」
「あるね」
「…………ふむ。可愛い子には旅をさせよとは言いますが、まさかこういう結末が待っているとは思いませんでしたねぇ」
「トウイチ様……」
「確かにその前例はあるからねぇ。しかも本人はこの執着ぶりで仲良しぶりだ。一度きちんとした話し合いの場を持たねばならないだろうが……通るんじゃないかねぇ?」
「そうでございますねえ」
「マジ!? やったあ!! 良かったね、新」


「それで終わらせるなぁっ!!!」


 俺の絶叫は取り敢えずは猫(仮定推定)共の耳に入ったらしい。
 一斉に視線が俺に向くが、遠慮とかしてられるか!!


「当事者抜きで、話進めるんじゃねぇっ!!!」


 そう、当事者っつか、被害者の言い分だって、あるんだからなっ!?