翌日のんびりと昼間で寝て、昼過ぎから牛乳を飲みつつ新聞を眺める。
大して日常なんて変わってない。
俺の活躍が大々的に報道されてるあたりでそれが良く分かるってもんだ。
あ〜あ、なんつーか怪盗がヒーローなんて、面白い世の中だよな。みんな暇してんだよな、きっと。
だっせぇ。
呟きながらべろりと新聞をめくると、俺と並んでよく新聞を騒がせる凄惨な事件が報じられていた。
以前はここに別の奴の写真が並んでたもんだけど、最近は見ないよな。
皮肉にも俺とよく似た顔の高校生探偵。
なんか偉そうにカメラ目線で映ってるもんだからすげーむかついたし、はったりかましてるだけだと思ってたんだけど、ある事件でバッティングしてから認識が100度くらい変わった。流石に180度までは変わらなかった。中森のおっさんの反応を見ればそこらへんは分かる。
まあ、似たような餓鬼には会った。似たようなというより、本人だったわけだけどさ。
まいっちまうよな、俺の周りも大概ふざけた連中ばっかりだと思うけど(その最もたるのが俺みたいなもんだけどさ)、薬のせいで6歳児になったなんて、魔女の呪い以上にふざけてると思わないかよ?
でもその遭遇のおかげで、奴の事は多少なりとわかった。
実はとんでもなくお人好しとか、自分の危険ってのを全く頭に入れたことが無いとか。
沈着冷静とか言われてるけど実際のところはかなりボケてて抜けてる事とか。
幼馴染みが大事でたまらないとか。
俺が考えてるよりもずっと『人間』らしかった。思ってるよりもってレベルだからそういう意味では問題あるけどな。
あいつは基本的に殺人専門って言われてるから、俺に関わるなんてほとんど無かったんだけどさ。
まあでも、あいつが関わってるときは楽しかったんだよな〜、なんつーの? やりがいがあるっつーか。
白馬とも違う何かがあって楽しいんだ。
あいつ………なんていえばいいんだろう?
あいつも、なのかもしれない。
「バ快斗っ!!」
この呼び方を聞くたびに「俺の日常だよなあ」なんて感慨を持つのはちょっと虚しい。
勢いで「うるせーよ、アホ子!!」と返す自分に合掌。ああ、なんて低レベルで愛しい日常なんだろう。
いわゆる世間一般の普通の人間の幼馴染。
普通って何だろうとかそういう事考えるのはそれが好きな奴にお任せするから、勝手に判断してくれりゃいいんだけどさ。
しかし今日も今日とて口論の根っこはKIDなんだよな。
ああ愛すべき日常よ。果たして崩れるのがこれほど恐ろしい物もあるまい、何てな。
「KIDなんてお父さんが捕まえちゃうんだから!!!」
何度聞いても説得力ないよな。俺が思うんだからもう間違い無く説得力ない。
いやもうおっさんにゃ無理無理!!
でもフォローは忘れずに。だってなあ、青子泣かして喜ぶほどガキでもねえよ。神経削って働いてるおとーさんを労わる娘さんを叩きのめすほど、俺はヒトデナシじゃないって。
「大丈夫ですよ中森さん、今回の捜査には僕も協力するのですから」
……叩きのめすべき相手発見。
オンナノコの視線にのらりくらりと笑みを向けて歩いてくるのは白馬。
ホームズフリークのコスプレ野郎だったけど、最近は大人しいよな。やっと自分がやってたことが後世に残る恥だって事に気付いたのかな? ま、現場に鷹連れて歩くのも問題だと思うけどな。糞が落ちたらどうすんだよ。
「如何なKIDとはいえ、今回こそは逃れられないでしょう。中森警部にはこの日本を代表すべき探偵が味方としてついていますから」
「それが自分だってか? なら何で今まで捕まえられなかったのか疑問だよなー?」
「ふ………今までのはこの前座に過ぎませんよ」
おいおい、青子の前でそれをいうかぁ?
「覚悟しておいてください、黒羽君。日本の天才3人を相手に逃れられるはずがありませんからね」
「だから俺はKIDじゃねぇってのに!!」
あーもーうるせー!!って、3人?
「へ? 3人?」
首を傾げる青子と俺に、白馬がふんぞり返った。今肩突き飛ばしたらきっと面白いだろうな。
「ええ!! 当然一人は僕です」
「後の二人は誰? お父さん?」
「中森警部は探偵ではないでしょう? きっと中森さんもお知りのとても有名な二人ですよ」
…………いやぁな予感。
「有名…? あ! 毛利さんだ!! 眠りの小五郎さん!?」
「ああ……確かに彼も名探偵ですね。でも間違いです。最大にして唯一のヒントは、高校生ですよ」
うわああああああ。聞きたくねえ!!!
てか毛利小五郎が名探偵ってさあ……白馬は知らないもんなあ………。
「高校生……」
「………工藤新一と服部平次……でしょう?」
「うわあ!!」
後ろからいきなりでるんじゃねぇよ、紅子!!
とびのいた俺ににやりと笑って、紅子はゆっくりと白馬を眺めた。
白馬の口元にいやらしい(女に取っちゃ色っぽいらしいんだけどさ)笑いがのぼる。
「そう、『西の服部東の工藤』と並び賞されるあの二人も、ご招待したのですよ」
「工藤君は行方不明だって聞いたけど……復活したの?」
「はい。どうやら闇の組織を追っていたらしいです。最近メディアで官僚や上役がよく捕まっているでしょう? スキャンダルで報じられていますが、あれの半分は組織関係らしいですよ」
へえ、初耳。
それじゃあ本当にもう工藤新一に戻ったのか。
意外だな、そんなでかいヤマ解決したなら大手柄なのに。コナンちゃんになって、少しは控えるってことを知ったのかな?
「でも工藤君も服部君も殺人事件専門だってお父さんが言ってたよ?」
「どろぼーにゃ興味ないんじゃねえの?」
「おや黒羽君、君が知らないんですか? 服部君はともかく工藤君はKIDに興味を持っていらっしゃるそうですよ?」
げーん。
嘘だろー? てめーは死体追ってればいいじゃねえかよ、何でこっちに来るかなー?
後にも先にも怪盗KIDを追い詰めたのは『工藤新一』と『江戸川コナン』だけだ。
うわ〜……今回はきついかも。
「今回こそは捕まえたいですからね、天才3人を相手にKIDがどこまで出来るのやら、知りたいものです」
偉そうに高笑いしやがって。
大体これで捕まったらお前、自分の今までの間抜け振りを晒してるだけだぜ?
捕まる気はないけどさ。
……でも、なんだろう?
俺、うきうきしてる。あいつがいるって聞いただけで、すげえ気分が高揚してきた。
どうしよう、余計な事いいそうだなあ……。
「ねえ、黒羽君?」
「だから俺じゃねえってのに」
「そうですね。でもKIDファンの君としては、複雑なんじゃないですか? ご贔屓の怪盗が捕まってしまうんですよ?」
「…………へっ。迷探偵が何人来ようが、KIDは捕まらねえよ!」
セーフ。よく押さえた、俺!!
端から聞いてると負け惜しみにも聞こえるけど、でも本音だし。
そう、少なくとも白馬、お前には捕まらないさ………。
むっとした白馬に、俺は思いきり厭味な笑みを向けてやった。
てか白馬。
東西に含まれないお前って、何?(嘲笑)
今回の獲物はサファイア。
飛びっきりの大粒を惜しげも無くどかどか並べたネックレスだ。つけたら確実に肩こるよなあ…。
赤いビロードの上で毒々しい青の花が咲いてる。パンフレットの印象はそんな感じ。
ま、けばい女王様を宥めるのは得意だし。
俺としては用意も周到、装備も万全。
あと気にする事は東西の探偵だけ。
……だったのに。
「と言う訳で、済みませんが息子さんをお借りします」
にこやかに玄関先で笑ってるのは白馬〜〜〜〜!!!!!!!
何でてめぇがここにいるんだよおおおおおおおっ!!!!
流石の母さんも唖然としてる。ごめん母さん、こんな変人に敷居跨がせて…。
また性懲りもなく俺を現場にご招待らしい。
俺も母さんも反論出来ないまま、俺は白馬の車に引きずり込まれた。
頼む、勘弁してくれよ…!!
おっさんと白馬だけなら幾らでも誤魔化しきくけど、あいつらがいる場所での仕事か!?
西の熱血探偵ならもしかしたら上手く誤魔化せるかもしれないけど……。
今回は、危ないかもしれない…。
真剣に思う。
そんなこんなで、現場の美術館に到着〜。おお、あのでっぷり警部もいる!!
俺を見てすげー驚いた顔になった。傍にいる若い刑事も同じ表情になってる。
まあそうだろうなあ、確かに似てるのは似てるし。
曖昧に笑って白馬の後ろを小走りに着いて行くけど、背中に視線が張り付いてら(笑)。
あちこちで警官が俺を見る。ああ、視線が痛い。ひそひそ声が聞こえるのは気のせいじゃないよなあ。
展示室に入ると、別の意味で声があがった。
「快斗君!? 白馬君、どういう事だね?」
「黒羽君がどうしてもKIDを見たいというので、お連れしたんですよ」
いけしゃあしゃあとっ!! 連行したのはお前で俺は一言もそんなこと言ってないっ!! 怒られるの俺なんだぞ!?
白馬を睨みつける俺に、おっさんはやっぱり大声絵を張り上げた。
「遊びじゃないんだぞ!? 何を考えてるんだ!!」
「あ〜……俺じゃなくて白馬が勝手に………」
「見たいんでしょう?」
「はあ〜くぅ〜ばぁあああ!!!」
終わりのない口論に突入しそうになったとき、白馬が俺から視線をずらした。
誰かを見とめて、そっちに営業スマイルを向けるのが分かる。
俺も振りかえると、展示室の入り口に見覚えのある褐色の男が立っていて。
「工藤…!?」
ばたばたと走り来るのは西の高校生探偵・服部平次。あ〜…なんつーか、暑苦しいかも(笑)。
「久しぶりですね、服部君」
「久しぶりやな白馬……こいつは?」
あれ、こいつら知り合いなんだ?
当然か。白馬は警視総監の息子だし、服部はたしか大阪本部長の息子だっけ。
しっかし……頭の先からつま先まで眺めるってのはこの事だな。不躾もここまでくりゃ爽快なくらいにじーっと俺を見て、少し引きつった顔で白馬と俺を交互に見てる。
「驚かれましたか」
「当たり前や!! ドッペルか何かかと思たわ!!」
「彼は僕のクラスメイトで黒羽快斗君。黒羽君、彼が西の高校生探偵と噂の服部平次君です」
「あ、宜しく…」
「よろしゅう! しっかし外見は確かに工藤に似とるなあ。ぱっと見やと俺でも分からんかも知れん」
工藤に似てる、じゃなくて、工藤が似てる、の間違いにして欲しいよな。何かやな感じ。
そんな考えを綺麗に隠して笑うと、服部も白い歯を見せてにかっと笑う。そうやって笑うとガキっぽいよな、こいつ。なんかでかい犬見てるみたいな気分。
からかって転がすと面白そう……とか思っちまったよ、けけけ。
「そういえば服部君、肝心の工藤君はどうしました?」
彼を驚かせたかったんですが。
しゃあしゃあと言った白馬に服部も笑った。
「さあ、分からん。ちょっと見てくるー言うて一人で行ってしもたんや。時間までには戻ってくると思うけどな」
口を挟みたくてたまらないといったおっさんを無視して話を進めるあたり、こいつも意外に狸かもしれねえ。
腐っても探偵って名乗ってるんだから当然だけどさ。
不意に、視線。
背後からの強い視線に、俺は一瞬言葉を失った。
直感で振りかえってはいけないと思った。その視線が、普通なら気付かないよう細心の注意を払った物だからだ。これに振りかえられる者がどんな者か、この視線の持ち主は知っている。
ポーカーフェイスは外さずに服部と談笑しながら、俺の背中を冷や汗が伝った。
感じる気配は酷く凛として、ゆっくりと靴音を響かせながら近づいてくる。
「服部、白馬」
張り詰めたピアノ線を指で弾くような、小さくても響く声。
距離2m程。遠そうで近く、しかし慣れた者なら相手の動きにある程度対処できる距離。
視線はまだ俺の背中にある。俺に警戒してるんだな。
呼ばれた服部達に合わせ、声で初めて気がついたと言う風に振りかえる。
そうしなければいけなかった。
振り返った俺の目に飛び込んだのは、鋭く透明な青。