正直、息を呑んだ。絶句した。喉がからからになって、言葉が出なかった。
俺を真っ直ぐに射抜いた視線は、数度の瞬きに遮られたにも関わらず俺の網膜の裏にしっかりと焼きつけられて。
何なんだ、こいつ!!!
凄く敵意丸だし! いや隠されてるっつーか指向性の問題か!?
うわああああああああ!!!!!! 絶叫したい!! すげえ叫びたい!!!
何だよこいつ、何だってんだ!!?
俺を見て一瞬見開かれた目が、すぐに平静を取り戻して隣の関西人に向けられてしまった。
交差した視線は時間にすれば1秒もないんじゃないだろうか。
なのに、俺の全身には鳥肌が立っていた。
信じられない。この俺が鳥肌?
「工藤!! 本物やなっ」
「お待ちしていました。どうでしたか?」
「人が多すぎる。紛れこまれる可能性がある」
「大丈夫ですよ、きちんと手を打ってありますから」
素早く俺の全身に視線を巡らし(またざわりと肌が粟立った。やめてくれ〜〜!!)、ゆっくりと服部の隣(つまり俺の反対側)に立つ。その視線が俺と白馬に軽く向けられた。
「白馬、彼の紹介を」
「ええ喜んで」
何を喜んでるんだよ、てめえはっ!!!!
間に立つ服部が一歩下がって俺達は正面から向き合う形になった。ひえええ…。
「彼は僕のクラスメイトの黒羽快斗君。黒羽君、彼がかの有名な東の高校生探偵・工藤新一君です」
「よ、宜しく……」
「宜しく」
ふっと頬を緩めて笑み、俺に握手を求める。それまでの冷たい表情がいきなり花みたいに柔らかくなって暖かい。すげー様になってる。白馬みたいな厭味もない。
なのに、こいつが笑ってないのに気付いてしまった。笑うどころか、何か実は不機嫌?
だって気配冷たいってこいつ!!
笑顔なのに、こんな暖かく見える顔してるのに、無茶苦茶怖いんですけどぉ!!?
そんな俺の内心には(幸いにも)気付かずに、工藤新一は
「黒羽、ということは、黒羽盗一の縁者?」
おおお!? 白馬も服部も聞かなかった事をさらりと!!
「え、あ、うん。俺の父さん」
「そうか……父がよく、彼のマジックを誉めていたのを覚えていますよ。僕も一度拝見したかった」
……あ。
初めて気配が暖かくなった。
偉大な父親を無くした子供に対する同情…じゃない。どっちかといえば拗ねた子供みたいだ。本当に、親父のステージが見られなかった事を残念に思ってくれてる、優しい追悼。
笑みに一瞬混じった温もりに、思わず俺も素直にこっくり頷いてしまった。
「あ、りがと…ありがとうっ! 俺もさ、マジシャン目指してるんだ!」
「夢はやっぱり世界一?」
「そう、世界一!」
手をぶんぶん振ると、工藤はきょとんとして、すぐにくすくす笑った。
「そうなったら貴方のステージに招待していただけますか?」
「勿論!!」
社交辞令でも何だか嬉しいな、こういうの。
緩んだ力に俺も手を離す。
良い奴…………だとは思うけど、すげぇ裏表ないか? でも良い奴っぽいよなあ…。
でも次の瞬間、白馬に向けられた視線と笑みは温もりを失っていて。
「で、何故彼がここに?」
「ああ、彼がどうしてもKIDを見たいというので…」
「……その安否まで責任を取れるのか? 捕り物でここはごった返すだろう、そうなったら彼の安全は誰が確保する?」
聞いてやっと、工藤がなんで不機嫌だったのか気付いた。部外者の俺がここにいるからだ。
白馬よりよっぽど常識あるじゃん。安全まで考えてくれるなんて快斗君感激vvだな。愛されてる?なんて考えちゃうぞ?
「しますよ。実は彼を呼んだのは他にも理由があるんです」
「何や?」
「僕は彼がKIDだと思っているのですよ。疑わしい者ならば見張るのが当然でしょう?」
東西の高校生探偵は、……絶句するよなあ、やっぱり。
服部なんか口まであけて、正しくぽかーんとした顔ってやつを作ってる。工藤も目を見開いて白馬を見てる。その目は確実に「正気か?」と聞いてる。
うん、当然の反応ありがとう。
「…………根拠は?」
「毛髪を検出したのですよ、現場から。彼と完全一致するものをね」
「……他には?」
白馬がえ?という顔になった。同時に東西の探偵も半眼になった。
「……………それだけしかないのか?」
「重大な証拠ですよ!!?」
「さよか」
流石の服部も突っ込めないよなあ、これじゃ。苦笑する俺にそっと耳打ち。
「お前、苦労しとるやろ?」
「あ、分かる?」
「よう分かるわ」
さんきゅーv
でも本当なんだよなー。秘密だけど。
工藤と白馬はまだ何か言い合っている。クドウクン、頑張って白馬鹿を虚仮降ろしてくれ!!
結局俺はVIP待遇。椅子貰って展示室の壁際で、警官に守られる事になった。
おっさんは部下に大声で指示してる。
3人の探偵はサファイアのケースの周りで何やら話しこんでいる。
「しっかし、君本当に工藤探偵と似てるねえ」
俺のお守という大役(ごめんな〜)を押しつけられた若い警官が無邪気にそう話しかけてきた。
「そんなに似てるかなあ?」
「二人をきちんと知っていれば間違えないだろうけど、知らない人はきっと吃驚するよ」
「知らない人は、か」
「うん。きちんと知ってる人はきちんと違うのが分かると思う」
おにーさんは探偵を知ってるから分かるって事か。
ちょっと首を傾げて見上げると、警官も気付いてにまっと笑った。
「君は明るそうだよね。元気に走りまわってるやんちゃ坊主みたいな印象があるよ」
「へへへ、当たり。探偵さんはインドアって感じだね」
「そうだね、工藤探偵は静かに本を読んでる優等生だなあ。彼の方が線が細く感じるし」
「あ、俺も思った!」
にこやかに談義しながら、俺はもう一度工藤に視線を向けた。
確かに奴の方が細いよな。
背は低くないけど、白馬とも服部とも並ばない。頭半分ほど低いのが分かる。遠目だから他の2人との差が明確だ。
多分あれだと俺よりも低いし細いな。
じーっと眺めてると、いきなり工藤が振り返った。
ばっちり視線が合って焦り、思わず手を振る。馬鹿か、俺?
でも工藤は相好を崩して軽く会釈し、また服部に顔を向けた。
…………???
何だ?
服部と寄り添って話す姿。
何かを話して、また話しを聞いて、笑い合う。俺には向けなかった表情。
……なんか、むかついたんですけど?
何でだよおいおい、何をムカツク必要があるってんだよ、俺?
2人は何事かを言い合って離れた。同時にほっとしたのは意味不明だ。
首を傾げてると服部が俺の前に立った。どうしたんだろ?
「俺はお前のお守や」
「へ?」
「KIDは人を傷つけんけど、警官の煽り食らったらお前も怪我する。慣れとる俺が傍に居てた方がええて、工藤がな」
「ふーん…」
何だ、お優しい事で。
でもどうせ傍に居るなら工藤のほうがいいよな〜。危険度は増すけど目の保養になる。
俺としてはまあ、自分の顔好きだし、似てるって言ってもやっぱり工藤と俺じゃ差があるから、それ見て楽しむ事も出来るし?
「俺美人さんが傍にいる方がいいな〜」
だからふざけて言うと、服部もにかっと笑った。
あれ、何かやな気配。
「俺も男のお守するよか工藤と一緒にKID追っかける方が楽しいわ」
なるほど、服部も不満たらたらな訳ですか。
確かに物見遊山の見学者のお守なんて向かないだろうなあ。工藤君も意地悪さんねv
つーか服部君? そういう気配は見せない方があんたの評価高いぜ?
ぴぴぴぴぴぴ。
俺の腕時計が鳴った。
「お?」
「ああ、俺の。早めてあるんだ」
「ふうん」
ぴ、と止めて。
見まわすと、室内に工藤が居ない。
「あれ、工藤さんは?」
「時間前にもう一回中を見てくる言うて、さっき出て行ったで」
「へー、余裕さんだなあ」
「ちゃうちゃう、心配性なんや」
あれで気ぃ小さいとこあるしな。
…………???
またなんかむかついた。何だろ?
…まあいっか。
一番チェック要れてた人間が居ないのはそれなりに良い傾向。
それが後ででかいおつりを持って来ても、俺なら逃げおおせる自信があるしね。
……It's show time!!!