時限装置によって博物館は一瞬で真っ暗になった。
おっさんたちの騒ぎをバックに手首の動きだけで煙幕弾を部屋の中央へ放る。
闇の中に広がる煙に、騒ぎは更に広がった。
「非常灯を!!」
「KIDだあっ!!」
あっちこっち大騒ぎ。楽しいねえ♪
でもそんなにゆっくり楽しんでもいられないんだな、これが。
「うわぁっ!?」
「クロバっ!!?」
巻きこまれたフリをして服部の手から逃れる。警官の波に紛れて、さあ仕事だ!
硝子ケースに触れ、闇の中で素早く警報をカット。ケースから素早く女王様を取り出すと、そのまま流れに任せて展示室を駆け抜ける。
ジャケットに女王様を隠して元いた場所に近寄ると、俺は情けない声で溜息をついた。
「びっくりしたあ〜!!」
「クロバっ! 自分無事か!?」
問答無用で腕を鷲掴みにされた。暗闇の中、慣れた目に褐色の男が映る。
やっぱり熱血君だなあ。工藤ってクールに見えるけどあれでも結構熱いし、いい友達かもね。
……友達っていう感じも、あんまりないけどさ。
「怪我は!?」
「ちょっと打った程度、だいじょーぶだよ。でも吃驚したなあ、いきなり警官にひっかかって」
「とにかく、一旦出るで?」
「おうっ」
街灯の明かりが差し込む廊下に出て、俺はへたりと座りこんだ。勿論演技だけどね♪
「ちょおここで待っとってや、中見てくるわ」
「わかった〜〜」
警官がどたばたと駆け出てゆくのを見ながら、俺はがらりと窓を開けた。
吹きこんだ風に息をつき、そっと空を眺めて、さも疲れたという風に肩を落として。
警官が切れた瞬間、用意した黒のビロードに包んだサファイアを素早く木の上に放った。
がさ。
小さな音を残して布の塊は、きちんと木の枝に乗った。
ぱっと見は分からない。場所からみて、下から覗いても分かりはしないだろう。
これで、お仕事終わり!
あとは寺井ちゃんが無事に逃れて、俺も家に帰ればおっけー!!ってことだ。
確認は後で良い。
窓に寄りかかって息をつくのと、電気がつくのは同時だった。
「クロバ、大丈夫か?」
「うん。電気着いたんだ?」
「ああ。取りあえず戻ろか。白馬らも戻ってきとるし」
「ほんまに怪我ないな?」
「無いって!」
心配ありがとね。
にっこり笑ってやると、照れたように鼻を擦っている。
なあに? 工藤君に笑顔向けられてるみたいな気分にでもなった?
……そういうとこ、気持ち悪いね、はっとりくん? お前やっぱライバルじゃなくて崇拝者だよ、きっとね。
反応は可愛いけど、余り推奨出来ないね。
俺がこんなこと思ってるとは、絶対思わないんだろうなあ。服部素直っぽいし。
ま、俺には関係無いけど。
仲良く展示室に戻ると、白馬は俺が居るのを見て目を剥いた。
「何故君がいる!!?」
「だから俺は違うって言ってるんだよ、白馬鹿っ!!!」
吹き出した服部を睨みつけ、白馬は部下たちに大声で指示を出した。おっさんも顔負けのでかい声だ。
あーあ、色男台無しの面してるよ。
今おっさんや白馬の部下が追いかけてるのはKIDの扮装をした寺井ちゃんだ。
寺井ちゃんは警察よりも頭も回るし、何せ俺の前にKIDのフリをしていた経歴も考えれば十分な影武者だよな。
白馬の百面相を見ながら苦笑すると、服部も苦笑を浮かべて肩を竦めた。
「白馬も思いこんだらなところは治さなならんなあ。あれで逃がしたらまた黒星やし」
「全くだよねー、…………あれ?」
おや?
「どないしたん?」
「いや……工藤さんは?」
あいつ、いない。
大騒ぎになっても展示室に戻ってこない。
「そやな……どないしてんやろ」
服部も知らない?
なんか急にどきどきしてきた。まさか寺井ちゃん追いかけたとかいわないだろうな?
幾ら寺井ちゃんでも、あいつの撃退が出来るとも思えねーし、やばいかも?
気のないフリしてサファイアが入っていたケースを眺め、でも内心無茶苦茶焦り倒していると、入り口に人影が立った。
「おっ、工藤!」
「おお?」
振りかえると、すたすたと歩いてくるのは紛れもない工藤新一氏ご本人。
ど、何処に居たんだ!?
「何処行っとってん、工藤!! サファイア奪われてしもたでぇ!?」
「ああ、知ってる」
「はぁ? ならなんで…」
「ちょっと確かめてたんだ」
「何をや?」
「何を?」
「……教えない」
途端に服部からのブーイングが出るけど、工藤は全く意に介してなかった。それどころか俺に笑みを向けて「KIDは見られましたか?」なんてにこやか〜聞いて来やがる。煙幕で見えなかったんだよー、と地団駄を踏んで見せるとこれまた爽やかに「残念でしたね」と微笑まれた。
……なんか、マジムカツクんですけど。
何か気付いたのか?
こいつが確証の無い事するとは思えない。
多分今はまだ確信が持てないだけなんだ。
絶対に、何かを掴んでる。
参ったな、暫くは動けないかも。
でも満月は4日後だし。
来月まで確認出来ないで返却も出来ないのも困る。
だけどこいつの前で動くのは、マジで危険。
本能が叫ぶ。
「どないしよか? 目暮はん来てはるし、白馬の邪魔もあれやし、帰るか?」
「ああ……そうだな」
「クロバ、自分どないする? あれやったら送るで? 白馬も忙しいしな」
にこやかに笑う、その笑みが何故癇に障る?
「お願いしちゃおうかな。俺の容疑も晴れた事だし? 何せ西の探偵さんが確認してくれたもんね」
「墨たっぷりつけたるわ」
おう、さんきゅ。
……………………さんきゅ。
きっとあんたは怖くない。
俺はあんたには負けないよ。確信したよ、ハットリヘイジ。
でも。
「俺はちょっと散歩して帰る」
!!
「たんてーさんはお散歩好きなの? 一人でこの時間って危険じゃねぇ?」
「そや!! 危険やで!? お前かて恨まれて無い訳やないし、今日は大人しゅう帰り」
「大丈夫。今夜はKID以上に手強い相手はいないよ………満月でも無い」
「はあ? 満月が何で関係あるん?」
俺も出来るだけ分からないって顔で首を傾げるけど、工藤は全く意に介さない。
ただ俺と似た―――――でも全然違う笑みを俺に向けた。
その目が。
「別に? 狂わせるものが無いなら、人は大人しい獣のままだ」
鮮烈な、青。
「おやすみ、服部、黒羽君」
去って行く探偵が、怖い。
俺に似た、でも全く違う、鏡の向こうの俺の姿。
「ほないこか?」
「うん、ありがと」
「おう」
パトカーに連行されてるみたいに乗りこみながら、博物館を出て行く工藤の背中を見つめる。
お前、何処まで分かった?
視線だけで聞いて見る。聞こえるわけがないんだけどね。
走り出したパトカーの中で服部の言葉を聞きながら、工藤を追い越す。
視線がぶつかった。
その目ははっきり俺を見ていた。
謎を見つけた『江戸川コナン』と同じ目で。
その唇が幽かに動いた。
恋人にそっと囁くみたいに。
『オマエハ、ダレ?』
ポーカーフェイスを保てたか、正直自信が無い。
俺は離れていく工藤の姿を見詰めることしか出来なかった。