隠れながら博物館に近寄る。
あれから4日。
今日は満月。
女王様のスカートの中身を拝見させて頂く日だ。
KIDの扮装をしながら、でも俺はいつものような高揚を抱いてはいなかった。
原因は、あいつ。
工藤新一。
確実に何かを掴んだと思わせた工藤は、でも俺に接触する事は無かった。
白馬も全然あいつの話はしなくて、服部からはもちろん連絡がくるはずも無くて。
試しにちょっと工藤の家の電話を盗聴したけど、何かを話す様子は一切無かった。
気付いて無い?
考えて、俺はその考えを否定する。
あいつは絶対何かを掴んだ。
そして俺に疑問を持っただろう。でなければ、あんな事をいうだろうか?
正直不安。
ライバルと呼ぶに相応しいだろう奴。だからこそこの間のような状況では相手にしたくない奴だ。
でも、ここで止める訳にはいかない。
たとえKIDの名を汚す事になっても。
暗い思いを抱いて、俺はビルの屋上から身を躍らせた。
博物館の傍の立ち木に身を寄せ、そっと辺りをうかがう。
幾度か繰り返しても人影は俺以外に無く、俺はすばやくあの木の元へ走った。
音を立てないよう木に登って、そこに置かれたままのビロードの布を手に取る。
広げると、青い輝きが見えた。
毒々しい下品な青。これを綺麗だって言える連中は凄いよな。
女王様を懐に抱きなおすと、俺は柵と窓枠を伝って屋上に上った。
空には月。
雲が多少かかってはいるけど、今は晴れている。
少しの途惑いと不機嫌。
それを押さえこんで女王様に月を捧げた。
……は・ず・れ。
「……俺の苦労は報われないね」
呟いて再び懐に収めると、俺は扉に向かって歩き出した。
とっとと返して、寝よう。
今日はとことん不貞寝してやる。
がこ、ん。
え?
あと5mってところで、扉が開いた。
「もう帰るのか?」
ゆっくりと開いた扉から姿を現す、青。
懐の石なんて屑石に見えるほどに鋭い光を宿らせた一対の瞳が、絹糸みたいな髪の下で輝いてた。
「これは………よく私がいると解りましたね、名探偵?」
なんてこった、工藤新一さん。あんた何処に隠れてたんだよ?
今まで何処にいて、何で今日来るって分かったのか凄くすご〜く聞いてみたいんだけど、いいかな?
「簡単な話さ」
「お聞かせ願えますか?」
「いいぜ、黒羽快斗?」
わお。
随分とどきっぱり言ってくれるもんだね、工藤サン?
「白馬探偵が疑う少年の名ですね」
「そうだな。でも真実だ」
「ほう? 何故?」
「怪盗KIDが初めて現れたのは18年前のパリ。10年後彼は忽然と姿を消し死亡説も流れたが、8年後の現在再び姿を現した……それから考えると、お前は若すぎる。そこから考えられるのは世代交代だ。怪盗KIDは何らかの理由で2代目となり、2代目は意志を継いで何かを――宝石を探している」
「……続けて」
「探していると確信したのはその盗品の記録と月齢が関係していたからだ。
18年前のKIDは美術品を専門としていた。だがそれはある時期から宝石に限定される。それもビッグジュエルと呼ばれる物をメインに盗むようになった。今のお前もそうだ、狙うメインはビッグジュエル。小ぶりな物も奪うが、ビッグジュエルが来日するとそれを必ず狙う。
もう一つ拘るのは満月。犯行は満月前から満月当日に行われ、翌日から3日以内には返還される。
結論。KIDは満月の夜に示されるはずの、しかしビッグジュエルという手がかりしかない、宝石を探している」
………頭いいね、名探偵。盗品記録きっちり調べたわけだ? 白馬より理路整然としてて好きかもね。
笑みを浮かべたまま見詰め無言で促すと、工藤は相変わらず鋭い目で俺を見据えたまま息をついた。
「では世代交代が起こったのは何故か。
一番有力で恐らく確実だろう理由は、1代目KIDの死亡だ。
なら何故死んだか? ここで黒羽の名が意味を持ち出す」
「ほう」
「黒羽盗一、マジシャン……18年前当時でも珍しいワールドツアーを敢行、パリを中心として全世界に名を轟かせる。しかし10年前にステージでの事故で死亡。
かぶさる数字があるのは一目瞭然だな。勿論これが偶然の域を出ない事は分かってるから突っ込むなよ?
黒羽盗一氏には付き人がいた。寺井さんだったかな? 会いに行ったよ。とても口が堅い御仁で難儀をしたけど、逆にそれで確信した」
「付き人が過去の主人を思って口を閉ざす事が何故確信になるのでしょう?」
嫌な気分だな、こうやって暴かれるのって。
こいつの目は本当に全てを見透かしてるみたいな感じがする。見透かすどころか、貫いて内臓を掲げられるみたいな。
腕が良いのは望ましいけど、あんまりばかばか曝け出されるのも困り物だね。
「簡単さ、彼は息子の事すら話そうとしなかった」
……恨むぜ、寺井ちゃん。
「過去を振りかえり口を閉ざすのは彼の勝手だが……お父上の話しが聞きたいから、息子さんの居場所を知りたいと聞いても全く首を縦に振ろうとしない。
ここで一つ疑問が浮上する。何故ここまで警戒をするのかって事がな。
彼は情報が漏れる事を極度に警戒してる。息子に辛い過去を思い出させたくないというにしては強固なほどに。
その理由はKIDの行動……宝石だけを狙うという行動、そして復活後に起きたある事件と照らし合わせると読めてくる。
KIDは復活後暫くは宝石を盗んでいた時期があった。それがある時を境に変わる。発信機をつけたイミテーションが発見された彼のアジト、そこはある有名議員の別宅とされるところだった。だが警察が乗りこんで行ったとき、誰かしらいるはずのその家には誰もおらず、イミテーションと無造作に庭に投げられた本物が残っているのみだった。しかし面白い事にその家の事を議員は知らず、手がかりも失った警察は宝石を奪還したという事実のみを公表した…。
面白い事件だよな」
「………」
「そういう裏を持つ事件ってのは俺の方がよく遭う事件だ。だからこそ分かった。
KIDが狙う物を、別の誰かも狙っている。その誰かはKIDのように個人では無く、裏の世界に台頭する程には大きな組織力を持っていて、邪魔者を始末するのに何の覚悟も必要無いやつらだ。
KIDが狙われるのを恐れるのは彼の協力者だけだ。これが初めの確信。
…ならば何故彼は頑固に口を閉ざすのか?」
…………うるさい。
ゆっくりと歩み寄る工藤の顔を見るのを、止めた。
背を向けて静かに縁に近づくと、工藤も澱みなく言葉を紡ぎながら俺の隣に並ぶ。
「答え。
黒羽盗一が、初代KIDだった」
月が雲に隠れて、工藤の顔が見えなくなった。
「矢張り荒唐無稽な部分があって困るけど、これ以外の近しい答えってのも余り見つからなくてな。
初代が死に、その家族に組織の手が及ぶのを防ごうと口を閉ざす付き人。分かり易い光景だ」
「……なら彼がそうだとは思わなかったのですか?」
「彼は歳を取りすぎてる。変装をした所で変えられる部分と言うのは案外少ないもんさ、特に精神面ではな。
より深くKIDを知る分、彼は初代に拘るだろう。そんな彼が復活当初のような失態をおかすはずがない。
だとしたら誰が? 考えるといるじゃないか。
偉大な初代を知り、」
……うるさい。
「しかしその陰の姿は知らず、模索するしかなく」
うるさい。
「だが限りなく彼に近づこうと、彼の振るまいを辿る幼い子供が」
「……ぃ……」
「黒羽盗一の一人息子、」
うるさい!!!!!!!!!
「黒羽快斗。お前が」
断罪者みたいな口調だな。
お綺麗な目で、お綺麗な顔で俺を見て。
………すっげぇムカツクよ、あんた。
月が顔を見せた。
俺は素早く工藤の腕を掴むと、その体を屋上の縁から外へと押し出した。