天災 -GENIUS and CALAMITY-






「さあ、名探偵! ここまで取りに来て頂けますか?」

 青い瞳が、それまでの途惑いも何もかも消し去って煌いた。
 立ち直り早いねえ? てか、回転が速いんだろうなあ。

 俺を睨む目が力を増すのが見える。
 俺の様子を伺っていたあの視線だ。
 隠す事を止めて鋭さを増した、相手を抉って暴く目。その青。

 綺麗だね、工藤。

 さっきの可愛さなんてどこへやら、表情も気配も全部変わって。どこにも隙も見えない。
 俺とはやっぱり違う、立ち姿。身体を抱いてた腕を解いて、背を伸ばして胸を張り。
 腕を降ろして工藤に向かい差し出すと、俺を見据えたまま、ゆっくり歩み寄ってくる。
 丁度1mくらいの所で立ち止まって、視線だけを俺の手に乗った女王様に向けて、もう一度俺を見た。

「……改めて言わせてもらうが」

 何でショウ?

「俺はお前が何を求めていようと誰に狙われていようと、警察に捕まろうとどうでもいい。
 ただお前の作る暗号は面白いと思うし、トリックや逃走経路を推理するのも楽しいから、お前が動く時は事件が無い限りお前に付き合う事にする」
「言ってくださいますね……私は名探偵にとって、暇つぶしの道具なのですか」

 でもそれって、俺としても嬉しい事だよね。
 要は捕まえないって言ってる訳だし? 俺と遊んでくれるって事でしょ?
 俺と並んでも遜色ないし、頭だっていい。
 うんうん、きーめた。
 絶対お前と遊ぶ。

「嫌なら今度からきちんと警察連れで来てやる」
「いいえ? 私としても少々物足りなさを感じていたところです。名探偵がそれで良いというなら、私もそれに乗りましょう」
「いいのか? 本当に言葉通りにするとも限らないぜ?」
「真実を追う貴方が嘘を言うと? 其の方が有り得ないでしょう」
「随分信用されてるんだな」
「ええ。それに名探偵? 貴方は私の暗号を放置出来る程、日常に満足していらっしゃらない」
「………」

 沈黙は多分肯定。
 でも今はまだ迷ってる段階なんだろうな。あんなこと言った手前、ちょっと引っ込めなくなってるけど。
 …ねえ名探偵、そこで引っ込むなんて言わないでよ? 俺を幻滅させないで。

 遊ぼうよ?

「どうせ暇つぶしをするならば、いっそゲームにしてしまいましょう? それにはまず全てのリセットが必要です。
 さあ、この宝石を!!」

 風が吹く。
 酷く長く感じる、でもきっと1分ほどの沈黙が落ちた。



 数回の瞬きの後、工藤の手が俺の手に重なった。



 伸ばした手から重みが消える。
 工藤の手の中に収まった女王様は相変わらず毒々しい青で、月明かりにも綺麗だとは思えない。
 でもそれを見詰める工藤の目は。
 瞬きと共に上げられた目に子供みたいな光があって、きっと俺もあんな目をしてるんだろうな、なんて他人みたいに思った。

 だって俺達、ヤバいゲームを始めようとしてる。
 なのにこんなに楽しいと思うのは、きっとこいつも同じだからだ。


 俺と同じ、天災だから。


「それではルールを決めましょうか?」
「んなもん必要ねぇよ」
「いいえ、多少の制約はあった方が楽しみも増すものですから」
「…じゃあ俺を絶対に名前で呼ぶな」
「ほう?」
「俺もこれからはお前をKIDとは呼ばない、『怪盗』としかな」
「では私はこれまで通り『名探偵』とだけ呼ばせて頂きましょう。成る程、よりゲームらしくという事ですか」

 に、と歪められた口元が満足そうだ。そんな顔も綺麗だね、『名探偵』?

「あとは?」
「接触があるならばどんな場合にせよ必ず日没後。俺の家に来ようが、何処かで待ち合わせようがそれはお互いの自由」
「その間も呼称はそのまま?」
「ああ。格好はお前の好きにすればいい」
「それは勿論。では私からの要望ですが……」

 ああ、楽しくて笑っちゃいそう。

「絶対に名探偵お一人でいらしてください。西の探偵殿にも他言無用でお願いします」
「分かってる」
「あと絶対にこれは踏まえていて欲しいのですが…例えこのゲームの最中に、どちらかがどのような怪我をして、命を落とす羽目になったとしても、恨みっこなしです」
「それも分かってる」
「そして意外にこれが重要なのですが―――――期限は、私が存在意義を失うまで」

 流石に驚いたみたいに息を呑む。でもすぐに笑みになると、名探偵はしっかり頷いた。

 おかしいよな。
 何でだろう、凄くお前が分かった。
 楽しくてたまらない内心と、小躍りしてる心臓と、今考えてるだろう事。

 同じだよ、俺達。

「では血の誓いを」
「ナイフなんて無いぜ?」
「これで十分」

 トランプを出すと右手の手袋を脱いで、掌を傷つける。血がぷくりと溢れ、ゆるゆyる流れ出す。
 差し出された名探偵の手にも傷をつけると、しっかりと手を重ねて見詰め合い、俺達は笑った。
 お互いの手の間で血が絡み合うのが分かる。じわじわ生暖かく、手首を汚して行く。


「貴方の血と私の命にかけて誓いましょう。このゲームに私は私の仮面を賭ける。負けた時私は貴方の足元にひれ伏し、断罪の言葉と終焉をこの身に受け、この夜に別れを告げましょう」

「お前の血と俺の命にかけて誓おう。このゲームに俺は俺の日常を賭ける。負けた時俺はお前の足元にひれ伏し、俺に繋がる全ての光と柔らかな枷を捨て、月の光の元に身を沈めよう」



『愚かな女が月の元に現れるまで』



 重なった声に、俺達はもう一度笑った。