世界は何時だって変容するもの




「魔物よ、構えて――――きゃあっ!!」

 がさりと音を立てた草むらに、それが当然のポジションであるとばかりにルークの背後へと下がったティアは、しかし飛来した光に左肩を撃たれて無様に転がった。うめきながら左肩を見ると、そこは無残に焼け焦げていた。
 前に立っていたルークもまたそれを見て目を見開いていたが、あれ?と言いたげに首を傾げ、草むらを見遣った。『過去』にも通った場所ではあるが、こんな攻撃をしてくる魔物などいただろうか? 何より、あの光から感じた音素は、彼の知るある人物のものによく告示している―――。
 一方、余りの痛みに動きも取れないティアは明らかに無防備で、傷を癒すこともままならない。そのもどかしさに、どう考えても危機的な状況だというのにこちらには見向きもしないルークに対して声を荒げようとした、その時。

「展開!!」

 鋭い声と共に、草むらや小道や岩の陰、或いは崖の上から一斉に人影が涌き出た。彼らは迅速な動きでルークに迫ると、何某かを囁いてその腕を取り一団の背後へと押し入れた。そしてそのまま、乱暴にティアを引き起こすと腕を捻り上げて手枷、足枷をつけ、前のめりに地面に押し付ける。砂利で擦った左肩の痛みに悲鳴を上げるが、拘束する腕が緩む気配はなかった。それどころか項の上で槍を交差させて首を縫い付けられ、全く身動きが取れなくなってしまう。周囲には人の壁があるが、彼らもまた盾を構えてティアを囲んでいる。辛うじて見える範囲で判断しても、彼らが後ろ手に抜剣しているのは間違いないだろう。

「っ、何を、するのよ!! 貴方達は何者なの、私をどうするつもり――」
「黙りなさい」

 幾らなんでもこんな扱いは納得行かないと不当な行為に抗議の声を上げたティアを遮って、冷ややかな声が人の壁の向こうから響いた。
 静かな足音と共に人垣の一部が途切れ、黒いブーツが目の前に立つ。それに追従するように、ルークの靴がブーツの斜め後ろに立った。
 自分はこんな酷い目に合っているというのに、ルーク一人無事でいることの理不尽さに、ティアの目が眩む。気付けばヒステリックに叫んでいた。

「一体どういうつもりなの!? こんなことをして許されると思っているの、貴方達!! ルーク、貴方もぼうっとしていないで早く私を助けて!!」
「……… えーと…」
「ルー、」

 戸惑った声(ティアからはそう聞こえた)をあげたルークに再び口を開こうとした、その鼻っ柱に黒いブーツのつま先が撃ちつけられた。貫いた痛みに悲鳴を上げそうになったものの、それすらも許さないと言うように頭を踏み付けられ、地面で口を打つ。

「黙りなさいと言ったでしょう。世界の仕組みも理解出来ていないような下劣な賊如きが声を掛けて良い方ではありません、恥を知りなさい」

 声の静かさと反比例に、ブーツに掛かる負荷は強くなる。
 一方のルークは、うめくティアと、サディスティックな冷笑で彼女の頭を踏み付ける青い軍服の男とを、庇うように立つ数人の兵士の後ろから交互に見遣り、首を傾げた。
 こんなことは以前は全く無かった現象だ。それに、このタイミングであれば、確かこの軍服の男―――ジェイド・カーティスはタルタロスに乗って、エンゲーブ辺りにいるはずではなかったか?
 首を傾げること頻りのルークに気付いたか、副長(『以前』タルタロスで見かけた人物だから間違い無いだろう)に言葉を掛けられたジェイドが、冷笑から一転柔らかい笑みで振り返った。合図をした訳でもないのに自分たちを囲んだ兵士達が直立となり、ジェイドは副長と共に礼を取る。

「御前をお騒がせしましたこと、深くお詫び申し上げます。私はマルクト帝国軍第三師団団長、ジェイド・カーティス大佐です。この付近で陣を張り、演習をしておりましたところ、正体不明の第七音素の収束を感知、本国からの命に従い演習を一旦中止し、捜査を行っておりました。――私如き矮小な輩が貴き御名をお尋ねする愚をお許しください、貴方様はキムラスカ・ランバルディア王国大元帥ファブレ公爵御嫡子、ルーク・フォン・ファブレ様ですね?」

 つらつらつらと正に立て板に水とばかりに話をされ、唖然としたものの、忘我の時間は一瞬。

「……如何にも、俺はルーク・フォン・ファブレだ。許す、面を上げろカーティス」 「有難う御座います」

 身を起こしたジェイドに笑みを向けながら、ルークは内心で高らかに笑った。  この変化が何を意味するかは分からないが、前と違うと言うことは、それだけルークが楽しむ余地が広がったという事だ。

 これは、使える。

 乱暴に引き起こされ、引き摺るように連行されるティアを横目にしながら、新しい選択肢を生み出し始めた世界にルークは心の中で嘲笑を向けた。