仇討つ相手を間違えるなよ?




「んじゃ、俺はアリエッタにつく」



 言葉と共にこちらに背を向けたルークに、一同が愕然とした。
 一方、お気軽な歩調で隣に並んだルークに、アリエッタは驚いた様子も無い。

「ルーク何を仰いますの!?」
「そうだぜルーク! 何で敵の方へ付く必要があるんだよ!!」

 青い顔で言葉も無いアニスに代わりナタリアとガイが叫ぶが、呆れた顔を返すだけでルークは何も言わない。こんな時のルークは、その感情が向く相手の言葉以外には全く答えようとしない。
 問いかけるのも恐ろしいが、それでも息を呑んでアニスが声を出す。

「ルーク、……何で?」

 教会で「イオン様を殺した」と泣きじゃくるアニスにぶっきらぼうに「仕方ねぇんじゃぬぇの?」と慰めともつかない言葉を告げて、ただ傍にいてくれたルーク。アリエッタとの決闘を受けると言っても止める事無く、「それで気が済むなら、気が済むまでやれば? その代わり、俺も手ぇ出すけど」と背中を押してくれたルーク。
 そのルークが、何故。
 信じられないと言いたげな声に、ルークはやっと呆れた顔を蕩けるような微笑みに変えた。
 ただ、その翠の瞳は滴るほどに殺気を孕んでいたが。

「あいつは何があってもアニスを信じると言ってた。俺はな、お前が職務怠慢かましてあいつが攫われる度、ぐったりしたイオンを助ける度にあいつに言ったんだぜ、『このまま行けばきっとお前が殺される、その前にあの無能で不実の塊な導師守護役を切れ』ってな。でもあいつは悲しそうに笑うだけだった。んで絶対にこう言うんだ、『今はまだ慣れていないだけだし、秘密のこともきっと何時か話してくれる、その時は僕の全てをかけて助けて見せます、だから今は堪えてくれませんか』って」
「イ、オン、様……」
「おっとそこで涙ぐむの無しな、気持ち悪いし、何よりお前にそんな権利ないんだから」

 そこまで信じてくれていたと思わず泣きそうになったアニスに、呆れ果てた声がストップをかける。

「俺がお前の排除を実行しなかったのは、そういった理由。イオンは同志だったし、イオンの信じる事を俺がぶち壊すのも可哀想だったからな。イオンの信じた事を、俺自身が信じてみたくなったってのもある―――まあ、十中八九無駄だとは思ったけどさ。案の定お前はイオンを裏切り、モースの走狗になってイオンを殺した。両親とイオンを天秤に掛けて、両親をとった」
「――――!!」
「ルーク、やめてくださいまし!! アニスだって苦しんでいたんですわ、なのにそんな…」

 ヒステリックに声を上げたナタリアに、しかし返ってきたのは絶対零度の碧玉で。

「そいつが苦しむ訳ないだろ、結果分かってて真っ向から裏切って、殺したんだぜ? 両親が人質になってました、頼る相手も無くて仕方なく殺しちゃいましたなんて言い訳じゃあ誰も納得しないだろ。第一それなら、何でイオンを連れ出す時に俺達に何も言わなかったんだ? それって俺達が頼りにならない、何の手段も考えられない馬鹿の連中だって思ってるって事だろ。あそこで何か対策を立てられたら、そう、せめてもう少し早く火山の入り口の事を教えてもらって、譜石を読む前に取り押さえる事が出来たら、イオンは死ななかったんだぜ? その道を選ばなかったのは誰だ? そこにいる無能で不実な導師守護役、アニス=タトリンだ。自分の立場を捨ててもイオンを助けようとしたのは誰だ? ここにいる忠義心厚い元導師守護役、アリエッタだ。以上を踏まえて、イオンを助けたかった俺が味方するのは、どっちだ?」
「アリエッタ見てた……ルークは、イオン様が苦しくないように、いつも、気を使ってくれてた、です。イオン様も、ルークといるときは、笑ってた………ルークは、確かにママの仇、だけど、イオン様を護る、同志!! なら、今はアリエッタの仲間、です…!!」

 静かな、だがはっきりと言い切ったアリエッタの声に、誰も口を挟むことが出来なかった。
 青い顔の一同を見回して、ルークはその微笑みを苦笑に変えた。そしてからからと笑い出す。

「とはいえ、あいつが死んだのはまあ、本当は仕方ないんじゃぬぇの? あいつ自身が信じることに縛られ過ぎて、引き際を見誤ったんだからさ。実際この決闘に関しても気が済むまでやればいいんだよ、拘ってる連中だけで。どんなにうだうだ遊んだってイオンが戻って来る訳で無し、無駄な事だとは思うけどさ」

 聞こえた言葉に、アニスの身体が強張った。これは、この言葉は。
 がたがたと震え始めたアニスに、ルークは獰猛な嘲笑を口元に浮かべた。
 やっと俺の言った言葉の意味が分ったのか、と。
 俺がお前如きを本気で慰めると思っていたのか、と。
 その笑みは言っていた。

「無駄だけど、やっぱ鬱憤は晴らしておかないと後々尾を引くからな。公然としてイオンの仇をボコれるんだ、当然俺はアリエッタに手ぇ貸すぜ。―――俺、言ったよな、アニス? 『俺も手ぇ出すけど』ってさ?」

 ずらりと抜かれた刃の輝きに、とっさにトクナガを巨大化させる。

「あっは、やる気じゃねぇのアニス。んじゃ、気を使う必要全くねぇな」
「イオンの仇、取らせてもらう、です…!!」

 はっとした時にはもう、ラルゴの開始の合図が出されていた。
 完全に出遅れた一行に、ライガとルークの牙が襲い掛かった。