ジェイド・カーティス大佐に誘導され、タルタロスへと収容された。捕縛されたティアはというと、当然ながら拘束されたまま牢へと連れて行かれたようだ。まあ当然の事だが。
しかしルークの興味はすでに彼女にない。
『以前』と似たようなレベルではあるが、それでも『以前』より随分と調度や部屋施設の整った部屋に通された。戦時中高位の貴族たちが使用する貴賓室であることは、部屋の様子や警備に立つ兵士達の配置からも容易に想像出来た。
硬い椅子でなく柔らかなクッションを置いたソファに腰掛け、前に立つくジェイドを見上げる。視線が合うと、彼は『いつもの胡散臭い』笑みを向けてきた。だがその様は『以前』に比べれば随分と軟化して見える。一体何が起こったのやら、興味は尽きないがとりあえずは礼を告げた。
「本当に助かった、カーティス大佐。正直どうしようかと思っていたところだったんだ」
「そのような。勿体無いお言葉です、ファブレ公爵子息様」
「ルークでいい。大佐、例の女はどうした」
「は。現在営倉にて捕縛を解除、応急手当を済ませた後に尋問を始める手筈となっております」
「本職に言うのも野暮だが、あの女は譜歌を使う、気をつけろ」
「その点においてはご心配なく。いかな愚かな賊であっても、抜かりはありません」
「素晴らしいな、流石は賢帝と名高いマルクト皇帝の兵士だ」
「有難うございます」
この程度は社交儀礼でも最低限のお世辞だ。ジェイドもそれを理解しているため、表情を変えることもない。
「しかし、つきましてはルーク様にも幾らかお話をお聞きする必要がございます。ご協力をお願い出来るでしょうか」
「分かっている。事情はあれど、不法入国してしまったのは本当だからな」
肩をすくめるルークに笑顔を深めたジェイドの背後でドアがノックされた。視線を受けて頷くと、許可を得て兵士がドアを開き、幾つかの書類を持った副官が入室してきた。彼はルークに一礼するとジェイドに書類を渡しつつ、何やら耳打ちをする。表情も変えずに耳を傾けたジェイドは、軽く書類に視線を通し、また何かを副官に囁くとルークへと向き直った。
「本国にルーク様保護の一報を入れましたところ、演習の中止及びグランコクマへの帰還が命令されました。よって現刻をもって当艦は演習を中断、ルーク様の安全を最優先とし、グランコクマへと進路を変更いたしております。軍艦故に不自由な思いをさせてしまうかと思われますが、どうかご容赦を」
「下手をすれば徒歩で人里まで行かなければならなかった事を考えれば、雲泥の差だ。迅速な対応を感謝する」
言いつつ、『以前』と比べてのジェイドの対応に苦笑するしかない。
以前は問答無用で陰謀(今鑑みれば本当にそうとしか表現出来ない状況だった)に巻き込まれたものだ。それが今では貴賓室にご案内な上、賓客として扱われているのだから上々である。
「で? どうするんだ、ここで事情聴取か?」
「はい、よろしければすぐにでも」
丁寧に頭を下げたジェイドに鷹揚に頷き返す。自分の身分は偽らざるものだし、やってきた状況だって素直に話せばいいだけだ。ルーク自身には後ろ暗いところなど欠片もありはしないのだから。
その程度なら別に何の問題もない。その裏で、ゆっくりとこの状況を生み出しただろう人物を考える事にした。
グランコクマは目の前だ。