「どうもアゴヒゲ・グランツは怪しいって話になってさ」
「は?」
「コーラル城の一件で話を聞いたらしいんだよ、父上が。そしたらマユボンバー・グランツ曰く、慌てていて報告を忘れておりましたとか言ったけど、7年も忘れる訳ないだろ普通」
「え?」
「んでカイツール辺りの調査に乗り出したら、どうやら十年近く前からコーラル城近辺で頻繁に神託の盾騎士団が目撃されてて、その中にハネヒゲ・グランツの姿もあったらしい」
「………… ルーク様」
「口調変えろ」
「……ルーク、取り敢えずその、謡将の事だよな?」
「他にヒゲとかマユゲボンバーなグランツさんが俺の知り合いにいるか?」
「…………話を続けてくれ」
「何処まで言ったっけ。害が話の腰折るから忘れたじゃぬぇか。背骨鯖折りにすっぞ」
「ごめんなさい勘弁してください何かナチュラルに名前が誤変換されてる気もするけどかまいませんカイツール近辺で謡将が目撃されてるってとこまでです」
「よし、逆エビで勘弁してやる。どうやらその目撃情報は現在も続いてるらしくて、その事も問いただしたらしいんだけど、機密事項ゆえって話は聞けなかったんだそうだ。それは仕方ないにせよ、目撃談の中には六神将も頻繁に混じってるし、どうも怪しいってんで父上は現在騎士団による装置の撤去と新たな見張りの配置を手配中」
「……謡将と装置が何か関係あるって?」
「ないかもしれないけど、子息の誘拐時に颯爽と発見しましたよーって見つけてきた男が十年前から発見現場の傍うろついててそれが現在も続いてるし理由も聞けないってなっちゃ、父上的にも気に食わないだろ。コーラル城からカイツールまでの土地はキムラスカ領で公爵の領地であり私物なんだぜ。教団は確かに預言の守護者ではあるし、キムラスカは預言保守派だけど、それにしたって持ち主相手にとっていい態度じゃない。しかも預言に関わってるとは言え、十年間も何してるんだって普通思わねぇ?」
「……確かに」
***
「すげぇぞガイ、父上があの紫達磨に聞いたら、紫達磨が真っ赤になってしどろもどろに私は知りませんでしたちょっと失礼しますぞって転がってったってさ!! ぎゃははうっけるー!! 俺もそれ見たかったなあ、お前も見たかっただろ!?」
「る」
「口調変えろ」
「……… ルーク、その、紫達磨って、」
「あ? そんなの、伯父上の横で王妃よろしくふんぞり返ってるどこぞの教団の大詠師様に決まってんじゃぬぇか。あぁでも赤くなったから赤紫達磨か?」
「ぶふっ」
「うわ汚ぇ吹くな」
「いや吹くだろ今のは!!」
「まあ何にせよ、これでマユボンバー・ヒゲンツは教団の命令で動いてたわけじゃないって分かったな」
「…………謡将の事か」
「だから他にいるのかよ」
「……… なんでもない」
「さてどうなるかね。仕えるべき相手にも秘密裏に他国領地で好きにやってたとなったら流石にヒゲンツもやばいと思うんだよな。そうだ、ガイは何も聞いてねえの?」
「――は? 何で俺が」
「だってお前ヒゲンツと仲良いだろ? うちに剣術教えに来るとき良く話してるじゃぬぇか」
「…あ、あれは…剣術家としての心得を聞いてただけで」
「その割には毎回見かけたからさ、てっきり友達なんだと思ってた。ペールにも聞いたけど、気が合うのではないですかなとか何とか言ってたぞさっき」
「(ペール…!! それはフォローになってない!!)」
「まあこれで、あのアゴヒゲ・マユグランツとは顔を合わせずにすむようになるかもって事で、俺としては嬉しい限りだな」
「え」
「いい加減あいつと顔合わせるの嫌になってたからなー。どうせ見るならセシル将軍の方が癒されるし嬉しいし」
「え、え」
「そういやコーラル城、何か堂々と六神将が入ろうとしたらしいぞ。番兵が誰何したら飛んで帰ったらしいけど、文字通り飛んで帰ったらしいから多分そいつ『死神』ディストじゃないかって話だ。あんまりにも不穏だから導師に抗議文送る許可もらうって父上が息巻いてた」
「…………なあ、ルーク?」
「ん?」
「お前、謡将に懐いてたんじゃないのか?」
「……お前何年俺に付いてんの? その目綺麗なだけの節穴か? 嫌いに決まってんだろあんなむさ苦しくて恩着せがましいヒゲ男」
「……」
「第一俺はあいつに俺の事を呼び捨てにしていいとか口調を崩していいなんて一言だって言ったことないだろ? 俺がそれを許してるのお前だけだぜ? それだって人の目がないところだけだし」
「………何でだ?」
「そんなの、自分が見つかった時の事が不思議だったからに決まってんだろ。でなきゃ何で俺がここまでコーラル城のことに拘ると思ったんだよ。そしたら何か良くわからねー事になってるじゃん。いいか、ガイ。犯罪のセオリーの一つに『第一発見者こそが犯人である』ってのがある。殺人然り、窃盗然り………誘拐然りだ」
「…、でもそれは極論で」
「まあまあ、落ち着け、そして聞け。いいかガイ、殺人とか窃盗の場合に第一発見者になるメリットは、『犯行後の後始末の確認及び取りこぼしがあった場合の迅速なフォロー』にある。それこそ現場はパニックになるから、状況が多少変わっても分かるのは動かした奴くらいだからな。だが、誘拐の場合、意味合いががらりと変わっちまうんだよ。『被害者発見の朗報による被害者家族への好印象を与える事での感情操作』ってな」
「……それは、考えすぎじゃ…」
「馬鹿いうなよ。でなきゃ何故身内の恥とも言い切れる、幼児退行した俺への接見が、以前からの師匠であったとはいえ、キムラスカとは全く関係ない騎士団長という地位しか持たない一般市民なぞに何故こうも頻繁に許される?」
「でも神託の盾の総長ってのは相当な地位だぞ?」
「馬鹿だな、だからこそだろ。一般からそこまでのし上がったって事は、それ相応の根回しを出来た人物でもあるって事だぜ。そんなのに国家レベルで致命的なスキャンダルを知られたってだけでも大問題だろ」
「う、うーん…」
「事実この発見で、あのマユボンバー・ヒゲグランツはキムラスカ内部に確固たる場所を作り上げた。唯でさえ預言中毒の陛下とその臣下が、大詠師派と言われる謡将を味方につけることを諸手をあげて喜ばない訳がない。……良いか、犯罪ってのは犯罪者に得が無いと起こらないもんだ、特にこういった衝動でなく明らかに計画的な犯罪ってのはな」
「………」
「そこで、だ。キムラスカ、ダアト、マルクト、ファブレ、ヒゲンツ――ありとあらゆる連中の中で、俺の誘拐事件及びその後の状況変化によって一番得するのは…誰だ?」
「………」
「キムラスカはまず無し。誘拐された俺が誰によって発見されるかも不確定だし、そもそも跡継ぎが誘拐されるという時点で国家存続レベルの大問題だ。古い因習に縛られ続けているこの国で、赤毛緑眼の俺をあがめない貴族はほとんど居ない。俺を害して得をする奴何ざ一人も居ないのさ。あえて探すなら一番怪しくなるのはナタリアだが、俺と結婚すればそれも問題が無くなっちまうから却下」
「………」
「次にダアト。どうやら俺が重要な預言のキーであるらしいってのに、ダアトが俺の存在をどうこうする訳がねえ。第一国家に関わる預言に誕生を読まれた俺に何かあって、一番困るのはダアトだからな。ダアトも今のところ却下だ」
「…………」
「おそらく今回の誘拐で一番得をするだろう、マルクト。確かにあの国が誘拐したって結論になってるし、俺が居なくなって一番得をするのはマルクトだ。宿敵である相手国の跡継ぎがいなくなっちまえば、国が荒れるのは必須だからな。だがここで一番の疑問があるとするなら、何故誘拐した俺を帰したのか?って事だ。殺害でないならなんだ? 何かの実験のためか? その実験が失敗で人格破壊が起こったとしても、何故国に帰す? そのまま虜囚にしておけばいずれキムラスカは崩れるのに」
「……」
「跡継ぎが居なくなったキムラスカは後継者争いで荒れるだろう、ファブレ以上に濃い血を持つ貴族はキムラスカにはもはやないからな。確実に弱体化させるなら、たとえ壊れた人形となったところで俺を国に戻すのは無用の一手だ」
「………よ、預言に詠まれていた、とか」
「ならばダアトが口出しをするだろ。ご子息は今年苦難の年となると読まれておりましたとか、マルクトはユリアの御意志に従い行動したに過ぎませんとか。じゃあ聞くがな、当時その状況に居たはずのガイ君、そんな様子あったのか?」
「……なかった」
「第一マルクトが俺を誘拐したって証拠自体、未だに見つかってない。俺が誘拐されたのはベルケンドだぞ? あれだけ人の詰めている場所で、マルクト人がどうやって気づかれずに誘拐出来る。まず俺が居たはずの研究所に入ることすら出来ないじゃないか。よって疑わしくとも、一番得があるように見えて実は全く得の無いマルクトも却下」
「…………残るのは、謡将のみ、か」
「そうだ。俺が誘拐されて戻った後、一番状況が目に見えて変わったのは謡将だ。だらだらとキムラスカに滞在することも認められ、公爵家に深く入り込んだ。父上の様子だと、ベルケンドにも奴が担当するセクションがあるらしいぞ? ここまでファブレに食い込めば他の貴族を篭絡する事は実にたやすいだろうさ。もしダアトで職を失ったとしても、キムラスカの覚えのいい謡将様は職に困ることはないだろうな。」
「……」
「………さて、ではガイ・セシル君に質問だ。以上の――俺個人のものではあるけれども――見解を踏まえて、キムラスカ、ダアト、マルクト、ヒゲンツの中で、俺の誘拐によって得をしたのは誰でしょう……?」